土曜の渋谷を突破せよ！トーキョー・メタル・アナーキー、決死の出演！～６弦のカナリア（5）～
炭鉱のカナリアにも似て、リスクある化学物質を高度に感知する者たちがいる。人気バンド『TERROR SQUAD』のギタリスト・大関慶治氏も、そのひとりだ。近年拡販された日用品に含まれる化学物質は、演奏困難を引き起こす。
大気汚染に抗うカナリアの、闘いの記録。
無心のピッキングが果たす、確約すべき成功。
4月15日、メンバー４人が一蓮托生でのぞんだライブ。その成功に、結束は、より強まった。今の『TERROR SQUAD』は無敵だ。この状態を保ったまま、二日連続ライブに挑む。
4月28日、金曜の夜は、『DEFILED』のレコ発ツアー。13日程の初日に、『TERROR SQUAD』と『BASSAIUM』が花を添える。
『DEFILED』は、海外ライブに出演する重鎮。『TERROR SQUAD』も、ヨーロッパはじめ10回の海外ツアーを成功させている。ともに、1992年結成。30年になる盟友だ。今回は、昨年10月以来の共演となる。さらに、テクニカルなデスメタル・バンド『BASSAIUM』も出演という、贅沢なステージ。聴きごたえ、見ごたえのある一夜となることは、間違いない。
ツアーに弾みのつく、初日を。『TERROR SQUAD』にあるのは「成功」の２文字だけだ。
ところが、前日の夕刻。
大関氏の1件のツイートが、関係者の目に飛び込んできた。
ライブで使う機材を車に積み込み、自宅に戻ろうとしたそのとき、背後から強い香害に見舞われたというのだ。
振り返ると、柔軟剤成分が漂う通行人。職場にも、同じ香りの人がいるという。大関氏だけでなく、香害健康被害者たちが、そのダメージの大きさに怯えている製品だ。
曝露で付着した化学物質は、すぐに洗い流す必要がある。入浴をつぶやいて、ツイートは途絶えた。
明日の演奏に影響しなければいいが―――関係者たちに、一抹の不安がよぎる。
全国各地で、フレグランス・フリーをもとめる声があがり始め、各自治体は、ポスターやウェブページで啓発。議員たちも動いている。しかしながら、全住民に周知されているとは言い難い。だから、このようなことが起こりうる。
ギタリストは、ステージの外でも、緊張を強いられている。
休む間もなく、当日。
開場は、『西横浜 EL PUENTE』。前回、無香害ライブを成功させたハコだ。
オーナーのShigeru Shiggy Sato氏は、今回も、こまやかな心配りで、店内の無香害化を実践。twitterで「本日レコ発ツアースタート！」と高らかに宣言した。
そして、念を押す。「引き続き無香害ライブへのご協力をお願いできたら幸いです！」
19時、開場。 店の前には、目を引く黒板アート。スタッフの所沢氏の職人技が光る。店内ではセットアップも完了。
着々と進む準備に、成功への期待が膨らんでいく。
19時24分、大関氏のツイートが流れた。「西横浜到着！」
前日の曝露の影響はないようだ。胸をなでおろす関係者たち。
19時半。いよいよ開演！
『TERROR SQUAD』5人目のメンバー・キャッツ氏が、写真付きで会場から実況だ。「始まりました！」
主催者たちも、共演者たちも、関係者全員が、SNSなどを利用して、できうる限りの周知をはかってきた。
きっと大丈夫、きっと―――心のどこかで、信じている。『EL PUENTE』のライブなら、きっと成功するはず！
本日『TERROR SQUAD』の１曲目は、『Straight To Hell』。ベーシスト・前川氏による選曲だ。
高速で駆け抜ける『Disco Bloody Disco』に盛り上がったところで、新曲『No Wrong Way』のイントロが始まる。歓喜する、来場者たち。
ボーカル宇田川氏の熱量に呼応して、シンガロング。大関氏と前川氏も、演奏しつつ、声を張り上げる。
大きく息を吸って、吐き、叫ぶ。「Go Ahead！」大丈夫だ。苦しくない。呼吸を保ちつつ、ギターソロへ。
『Bastards』『闇より深く...,』『Blood Fire Metal』
最後は、２枚目のアルバムから、タイトル曲『Chaosdragon Rising』
ギターが絡むラスト。大関氏のプレイあればこそ成立するアレンジだ。この空気なら、弾ける。無心のピッキング。最後の１音が、無香害ライブの成功を記した。
インターネットでつながる向こうには、祈るひとたちがいる。
終演後、大関氏は、すかさずスマホを手に取った。「出番終了！ノーダメージ」
ネット越しに、安堵が拡がった。
『EL PUENTE』公式は、ライブの成功をツイート。
「今宵！『BIZZARE VOICE Vol.119』無事に終わりました！！来て頂いたお客様、出演者の皆様、本当にありがとうございました！！明日『DEFILED』ツアー2日目は、『新大久保 アースダム』です！！」
大関氏も「無事帰宅」と報告した後、感謝のことばを投稿した。
「ご来場くださった皆さま、『EL PUENTE』スタッフの皆さま、共演の『BASSAIUM』、そして主催の『DEFILED』、ありがとう！！『EL PUENTE』裏口のトイレには芳香剤の代わりにコーヒーの粉らしきものが置いてあり、無香料に徹底してくれています。本当に感謝！！」
今回も、会場には、長年無香害を貫くギタリスト・RATCHI氏が駆けつけた。大関氏とハグをして、無香害ライブの成功を喜び合ったのだった。
ライブハイ。眠れぬ夜に、うれしいツイート。
帰宅しても、すぐ休むことなどできない。入浴と洗濯、移香の除去作業が待っている。ギターとギターケース。仕事道具を念入りに拭く。
何か、食べなければ―――曝露の可能性もある外食は避けている。だが、疲れ果てており、自炊する余力はない。簡単に済ませ、スマホを持ってベッドに倒れ込む。
啓発者仲間のツイートが目に留まった。マンションの掲示板の写真。そこには、別の仲間が制作した日用品公害の啓発チラシが、所狭しと貼られていた。
疲労困憊。だが、心がスッと軽くなる。
ライブハイの制御は難しい。張り詰めたテンションを引きずってしまう。今回は、まる一日食事を完全に忘れて、演奏に集中した。高揚したままで、寝付けない。
その身体で、明日は渋谷へ繰り出すのだ。
不安要素をかき消すかのように、『渋谷メタル会』が、バンド紹介をツイート。
「Tokyo Metal Anarchy、ついに渋谷メタル会参戦！熱過ぎる衝撃のライブ！極上のギタープレイはJake.E.Leeファン必見！...」
メンバーも関係者たちも、つとめて明るくふるまっている。ボーカルの宇田川氏は、酔ったいきおいのツイートで笑いを誘う。大関氏のリプにも、おのずと草が生える。
二日連続ライブは、心身ともに厳しいものがある。だが、プロだ。出演する以上、これまで経験したことのないライブを見せてやる！
オンリーワンであるということ。弾き続ける決意。
翌4月29日、『渋谷メタル会フェス 2023』、会場は、『渋谷サイクロン or GARETTE』
土曜の渋谷。雑踏。ヒトの数だけ、まとった香りが漂う場所。覚悟のうえでの出演だ。
キャッツ氏は、焦りの色を隠せない。街に繰り出すだけでも、大関氏の体調に影響する可能性があるからだ。
持ち時間は、30分。もとめられるのは、一期一会で印象を残す、密度の濃い演奏。ステージに立つまで、できるだけ、エネルギーを温存しなければならない。
読めない空気事情に、つのる不安。そこへ、暗雲を吹き飛ばすかのような、朗報が。
「チケット、ソールド・アウト！」
成功あるのみ。後には退けない。４人に、重圧がのしかかる。
大関氏が、決意をしたためた。
「久々の渋谷です。さすがに人通りが多過ぎるので、覚悟して行きます。
会場はステージが高く、客席との距離があるので、演奏は多分大丈夫でしょう。」
さらに、「10分連続曝露しなければ大丈夫！だと思う」と安心させつつも、危険が迫れば、防毒マスクを装着し、椅子に座って弾くという。
大関氏は、テクニカルなプレイヤーだ。呼吸と動きを制限されても、プロとして及第点の演奏はできる。それで客は満足するだろう。だが、自身は納得できるはずもない。マスクなど、かなぐり捨てたい。
仕事への責任感と、もとめるクオリティが、ギタリスト生命を賭けて、せめぎ合う。
苦悩のすえに、出した答え。ひたすらに、弾く。緊急時には。パフォーマンスを封じても、弾く。それだけだ。
ギタリスト大関慶治が繰り出す音は、ギタリスト大関慶治にしか生み出せない。
代役のいない仕事。その時間、その空間に、いなければできない仕事。自分の身に何が起ころうとも、完遂を要求される仕事。押しつぶされそうな心を抱えながらも、何食わぬ顔でやり過ごす。オンリーワンであるということは、そういうことだ。
『渋谷サイクロン』そのステージに、その時間、ギターの音が響きわたることを、客は知っている。
香りの渦に巻き込まれて。遠ざかるステージ。
粛々と準備をした。ゲン担ぎの『BAREBONES』のTシャツは封印。『TERROR SQUAD』のロゴTを着た。出発時間が迫る。車のキーを手にとる。
ギタリストであることを、悔やんだことはない。中学生のころ、帰宅すると、すぐにギターを抱えた。食事も忘れて弾いていた。宇田川と出会ったときに、自分の未来は決まったのだ。
「オレは君のギターが無かったら唄ってないよ。」
必ず、ともにステージに立つ。深呼吸をして、ハンドルを握った。
インターネットでつながり、見守る、全国のファンたち。無香害を願う者たちもまた、落ち着かない。それぞれの暮らしの中で、同じように時は過ぎ、開場時間が迫る。
16時前。大関氏が現地に到着。
twitterに、凍り付く一報。「柔軟剤。大量の香水。会場内の方が安全かも。」
会場へ機材を搬入後、コインパーキングへ機材車を停めた。会場までの数百メートルは、徒歩だ。この間、30分。大関氏は渋谷の空気にさらされ続けた。
ネット越しに、固唾をのんで見守っていたひとたちから、心配の声があがる。
曝露の危険性を熟知する啓発者仲間が、祈るようにつぶやいた。「ご武運を。」
関係者たちは、出演が決まった時から、重い石を背負うようにして、この日を迎えた。その読みは、一致していた。「ステージに、たどりつきさえすれば」
機材車のドアを開けた瞬間に、有害物質を含む空気が流れ込む。その中を突破して、会場へ。
会場内の空気も汚染されている可能性はある。だが、屋外ほどではないだろう。演奏までの短時間ならマスクを装着して回避もできる。
ステージは大丈夫だ。柔軟剤に含まれる化学物質は、比重の関係からか、下方に溜まりやすい。また、消臭スプレーや香料入りヘアケア製品の成分は、離れれば、届きにくい。客席との高低差と距離を考えれば、ダメージは小さい。
ステージにたどり着くまでが非常に困難である反面、ステージに立てば演奏はできる、と踏んでいたのだ。
圧巻。ステージに吹き荒れる暴風が、客の魂を巻き込む。
17時半。サイクロンのステージに、４人の姿があった。
化学物質漂うなかを突破した、ギタリストがいた。
前日同様、『Straight To Hell』で幕を開ける。ゾクゾクさせるイントロから、奈落の底へ突き落すかのような、リフ。客の魂をつかみ、漆黒の闇へ叩き込む。
渋谷メタル会が「熱過ぎる衝撃のライブ」と紹介したとおり、それはまさに、衝撃！！
ジョーカー氏のドラム、前川氏のベースが、速く激しいリズムを刻む。大関氏のギターが曲を牽引、宇田川氏のボーカルが炸裂だ！
魂を置き忘れた抜け殻のように、呆然自失の客。休む間もなく、熱風と化した音が襲いかかる。
『Born Defector』『Survival For Conflict』と続き、新曲『No Wrong Way』を披露。
宇田川氏は、客にエネルギーをぶつけるかのような、鬼気迫るパフォーマンス。度肝を抜かれる客たち。これが、テラーだ。見てくれ、これが、『TERROR SQUAD』だ。
『Bastards』と続き、人気曲『闇より深く...,』。客席になだれ込む宇田川氏。
そして、今日もラストは、『Chaosdragon Rising』
ギターの音が特徴的なイントロから、宇田川氏の第一声で、空間がうねり動き出す。低音をハードに刻むギター。
「叫び届かぬ時も、決して諦めるな！！」
宇田川氏が吠える。会場の熱気が最高潮に達したその瞬間、ギターソロが始まる。
それは、「大関の音」。曇りのない、柔和で、しかし野太い、相反するニュアンスを融合した音。その音で、フレットを跳躍。ラスト、駆けのぼる単音速弾き。そして、最後の一撃。強く集束する音が、客の頭上に降り落とされた。
宇田川氏が右腕を、ジョーカー氏がスティックを突き上げる。前川氏は、ベースを掲げてみせた。そして大関氏は、ギターを抱えたまま、深々と頭を下げた。やりきった。万感の思い。
『TERROR SQUAD』は、渋谷を、制したのだ。
ライブ成功を感謝する『TERROR SQUAD』（写真提供：キャッツ氏）
左から、ベース：前川、ボーカル：宇田川、ドラム：ジョーカー、ギター：大関
令和の広域大気汚染。カナリアの警告を聴け！
激しい演奏の勢いのまま、大関氏は機材を撤収し、車に積み込んだ。この間にも、曝露は続く。
会場を包む空気は厳しすぎた。それでも、歯を食いしばって、やり過ごし、エンジンをかけた。
「無事帰宅」。 ステージの成功を知らぬまま待つ者たちに、一報が飛び込んできた。
まるで宇宙からの帰還。無事生還がライブ成功の証になる異常。これが、この国をおおう大気。令和の公害の実態なのだ。見知らぬ病は、静かに、忍び寄る。子どもたち、もの言えぬ、乳幼児にまで。
ひとときの夢から覚めた深夜、SNSに、『TERROR SQUAD』の衝撃を畏れる声が上がり始めた。
「TERROR SQUAD 全身全霊のステージ！！」
「今日すんごいライブだったのはTERROR SQUAD。ロックだ...。モーターヘッドを思い出すハードロックンロールを感じた。もっとちゃんと聞きたい。」
キャッツ氏によれば、「日本ほどメタルの定義が広くて、多種多様な国もないんじゃないかな、と思うくらいのメンツが揃ったフェスでした」。そのためか、これまでのライブとは客層が違い、若い人が多かったという。
新たなファンたちは、これから先、無香害でライブハウスへ足を運ぶだろう。
大関氏は、twitterで、喜びを爆発させた。「良い二日間でした。サイクロンのスタッフさん、企画者、共演バンド、お客さん。ありがとう！」
そして、facebookで、予想外の空気事情を訝しんだ。
「会場内で抗菌洗剤や柔軟剤使用者はいなかったと思います。香水も一人いるかいないかぐらい。若者には香害洗剤や柔軟剤は流行っていないのか。」
わが国に、香りの持続する製品が登場したのは、2008年。徐々に浸透するなか、2010年代半ばから、米国では、柔軟剤市場自体が厳しくなった。ミレニアル世代が、柔軟剤離れを起こしたのだ。そして日本で市場が形成された。パーソナルスペースでのみ香り、時間とともに減衰する、奥ゆかしい香りの文化は、もはや風前の灯。さらに、コロナ禍の影響で、除菌・抗菌剤を増量した製品が相次いで市場に投入されている。
経済成長と環境保全の不均衡。この国でも、若い世代が、気付き始めたのだろうか？
大関氏が日用品公害を意識したのは、2010年。それよりも前、多くのカナリアたちは、彼方まで、かぐわしい歌声を響かせていたのだ。
ギターを置いて、大関氏は、静かな決意を、したためた。
「15年前の日本の空気を取り戻そう。」
警告よ、届け。倒れる前に。耳を傾けてくれ。蝕まれゆく身体に。
ステージを離れても、みずからの息が続く限り、カナリアがその羽を休めることはない。
『TERROR SQUAD』ライブ・スケジュール
読者の皆さまが来場の際には、フレグランス・フリーを実践していただければ助かります。
5月20日(土) 『西横浜 EL PUENTE』（フライヤー）
開場：17時、開演17時30分、予約なし可、TERROR SQUADはトリ
「PIG'S TAIL SINCE 2004 19TH ANNIVERSARY EVENT 2023」３日目に出演。
6月4日（日）『東高円寺 二万電圧』開場16時、開演16時30分 8バンド出演5番目
8月5日（土） 『新大久保 EARTHDOM』、9月30日（土） 『西横浜 EL PUENTE』
朝日新聞デジタル「香りに追い詰められたギタリスト、仕事も失い その時、仲間が動いた」伊藤恵里奈記者（2023年4月6日）
『TERROR SQUAD』【試聴・購入】（アルバム２枚）
【PV】『Chaosdragon Rising』
※本稿は、関係者の公開ツイートや投稿をもとに、情報を再構成したものです。