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ソフトウェアは私たちに幸福をもたらすことができるのか

インフォテリアは何故Steve Jobsの夢を追い続けるのか?

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 Steve Jobsの訃報が伝えられて1週間。IT業界のみならず世界中で多くの人が、Jobsとの別れを惜しみました。インフォテリアでも、古くからのJobs信者であるCTOの北原をはじめ多くのメンバーがこの悲報に心を痛めました。そして、Steve Jobsが夢見たことに、これからも少しでも貢献して行こうと気持ちを新たにしています。

 CTOの北原は根っからのJobs信者です。私は「ファン」ですが、北原は「信者」です(笑)。北原は大学在学時代からMacintoshのソフトウェアを開発し、卒論もMacWriteMacPaintで書いたというほど。卒業後はDECでソフトウェア開発を行っていましたが、Jobsが立ち上げたNeXTをキヤノンが手がけNeXTの開発メンバーを公募したときに即応募してNeXTの開発に携わるなど、国内でも有数の古参Jobs信者です。

 一方、私がAppleを知ったのは1979年のこと。当時の電子工作雑誌での紹介でした。それから数年はAppleは本の中での存在でしかなく、Apple IIの実機に触ったのは、1982年のことでした。一時期UltimaAztecなどのゲームにハマりましたが、大学を中退してソフトウェアの事業化に燃えていた私は国産PCに注力。初代Macintoshも会社で買いましたが、興奮を覚えることなく転職してLotusに入りました。Lotusでも仕事上Macintosh IIなどに触れる機会はありましたが、気持ちに火が付くことはなく時が過ぎていたところに、Jobs率いるNeXTの登場です。

 NeXTは触れる前から、心躍りました。筐体もロゴもイケていました。初めてコンピュータそのものを格好いい!と思いました。LotusではImprovという多次元表計算ソフトの開発がNeXT上で始まっていました。Jobsの提案で、各「次元」をドラッグ&ドロップで操作するUIをもった画期的な表計算で、見た瞬間に興奮しました。米国本社のImprov開発チームに行くと、「先週、Steveが来て徹夜になってこのソファーで寝てたんだよ」という話も聞くようになり、私もJobsを意識するようになりました。

 そして1998年に北原とともにインフォテリアを起業。北原は既に筋金入りのJobs信者でした。インフォテリア最初の製品、iPEXからMac版がありました。ASTERIAのXServe版も開発しましたが1本も売れず(涙)。それでも北原はMacを使い続け、Jobsの目指すものに常に触れていました。

 2007年、JobsがiPhoneを発表したとき、私たちは躊躇なくiPhone向けの製品開発をスタートしました。北原がJobs信者であることだけでなく、既に「次世代携帯はPC技術が降りて来る」ことに賭けて研究開発を開始していたことから、極めて自然な流れでした。

 iPhone発表のときにJobsは言いました。

 「Reinvent the phone」と。

 そして、2010年。大型のiPhoneの噂は前年から流れていました。実際、iPhone OS SDKの中にもその兆候がありました。そこで、私たちは名称不明の大型iPhone向けソフトの開発も先行させました。iPad発表当日に対応表明ができたのもそのためです。

 iPad発表のときにJobsは言うと思っていました。

 「Reinvent the personal computer」と。

 しかし、Jobsは言いませんでした。それでも、Jobsのプレゼンを聴くと、これがPersonal Computerの再定義に等しいと、Apple II以来の「個人のコンピュータ」の革命だと確信しました。

 Apple IIで人々をわくわくさせ、そこを起点としてコンピュータの世界が大きく変わったように、iPhone/iPadを起点とした新たな形のコンピュータは、これからどんどん世界を変えていくでしょう。しかし、それはまだ緒についたばかりです。そうJobsは、コンピュータの世界に新たな挑戦テーマを与えてくれたのです。

 「コンピュータ、ソフト無ければただの箱」と言います。

 私たちインフォテリアは、亡きJobsに「ありがとう」と言うだけでなく、ソフトウェアという私たちの得意分野で、Jobsの見た夢を追い続け、手を動かし続けて、新たな挑戦の中で「One more thing...」を生み出していきたいのです。

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