「思考実験」の続き:なぜ「強姦」は禁止で「殺人」は禁止でないのか?
エントリ「思考実験:2010年「殺傷ゲーム禁止法」制定」には数多くのコメント、トラックバックをいただき大変ありがとうございます。案への意見については、ひと段落したようですので、そろそろ整理してみます。
■少年による殺人事件の統計
コメントで頂いた最も多くの意見が、これまでの少年の殺人統計を示し、この法案が無意味なものであるという主旨のものでした。最初にnra44376さんの示していただいた資料は2004年まででしたので、2005年の数字まで含めてグラフ化するとこうなります。
統計では長期的に見ると少年少女の殺人事件は減少しています。スーパーファミコンの出荷が1990年、プレイステーションが1994年ですが、この統計からは、テレビゲームの普及時期にそれ以前の10年に比べて少年の殺人が増えている事実はありません。しかしながら、mohnoさんの提示の資料の通り、相関関係と因果関係は別物ですので、これで因果関係がないと言いきれないと思います。また逆に、1990年台から殺人の数が仮に増加していたとしても因果関係があるとは言いきれません。
法案提出の観点からは、「少年による殺人が増えている」という前提や問題意識は間違いであり、少年殺人の増加という観点に基づく法案提出はできないと結論づけてよいでしょう。
(提示資料)
少年による殺人統計(nra44376さん提示)
キレやすいのは誰だ(とおりすがりさん提示)
論理がわかってない人々について(mohnoさん提示)
ちなみに、「少年による殺人自体が増加しているという誤解」については、上記の資料は、明快にその誤解を解きます。ここに掲示することで、より多くの方の誤解が解かれればと思います。また、その誤解について「マスコミ原因説」が複数の人から提示されましたが、特にぬっぽげさん提示の資料の中の「朝日新聞データベース」をまとめた、「凶悪」+「殺人」の出現回数の急増を示すグラフはもっとも具体的です(ただし、殺人のデータは「犯罪白書」とは異なるソースのようです。)
(提示資料)
少年犯罪『報道』急増化データ(ぬっぽげさん提示)
ところで、今回の「殺人」に絞ったテーマから外れてしまいますが、犯罪全般に論点を広げた意見も見られましたのでその点について上記の資料でも出典となっている「犯罪白書」を見てみます。「犯罪白書」の最新版(平成17年版)のサブタイトルと特集は「少年非行」となっており少年犯罪に警鐘を鳴らしています。そして、少年犯罪について一つの章(第4章)をあてていますが、第4章の冒頭にあるのが、以下のグラフです。この数値を根拠として、犯罪白書では「同検挙人員の人口比(10歳以上20歳未満の少年人口10万人当たりの検挙人員の比率をいう。)は,8年以降上昇傾向にあり,16年は,1,505.9(前年比47.0ポイント低下)と,少年非行のピークである昭和50年代後半ころに次いで高い水準にある。」として、少年の刑法犯罪の増加と成人の1.5倍ある人口比率を懸念しています。
この情報が、法務省見解のベースになっているものですが、提示していただいた資料のページでは、同じ「犯罪白書」にある、このデータは引用されていないため、法務省見解との相違が生じているのかもしれません。
■ゲームでの殺人行為とリアルでの殺人行為の因果関係
上記で全体数の多少だけでは、様々な原因が存在しうるため因果関係を導き出すことは難しいですが、「ゲームでの殺人行為とリアルの殺人に因果関係」を直接的かつ具体的に説明できれば法案提出の根拠になりうるでしょう。しかし、因果関係に関しては、UNIONさんの「実際ゲームを見て殺人をやったと供述する少年も過去にいたように思います」という記憶情報をいただきましたが、一方で因果関係は無いという主旨の意見を多くいただきました。この点については、具体的な統計や実験情報の提示はなく、今回の議論の範囲で整理すると、「殺人シーンと殺人の因果関係はないという意見が多い」というところまででしょう。
法案提出の観点からは、因果関係を根拠とできるものは現時点では見つからないために法案の根拠とはできません。
参考までに私の方で見つけたゲームの影響に関するリサーチを列挙しておきますが、いずれも決定的な内容はありません。
Media Violence Research and Youth Violence Data: Why Do They Conflict?
Video Game Violence Research Yields Mixed Results
Video Game Violence by Media Effects Research Laboratory
Does Playing Violent Video Games Cause Aggressive Behavior?
ちなみに、提出資料として、私の方からは、実際に殺人を行うゲームを見たことがない人も多いと考え、米国で問題化したゲームの一部のビデオを提出しました。また、めめさんからは、「ビデオゲームに関する8つの神話」と題した因果関係に関する意見を含む論説を提出いただきました。
(提示資料)
殺人ゲームの実例(Grand Theft Auto)(平野提示)
Eight Myths About Video Games Debunked (英文)(めめさん提示)
ビデオゲームに関する8つの神話(上記の和訳)(めめさん提示)
■「表現の自由」とのコンフリクト※注1
日本国憲法(第21条第1項、第2項)で保障されている「表現の自由」や「検閲の禁止」に反するという主旨の指摘もいただきました。遊鬱さんのトラックバック(および同ブログ内の関連エントリ)では、米国で各州が定めた同様の禁止法が違憲判決されたことについての情報や、日本で各自治体が定めた規制(神奈川県、埼玉県、京都府、千葉県、茨城県、長崎県、福岡県、東京都などで「有害図書指定」)に関する意見をまとめてあります。
さて、米国での違憲判決は、米国憲法(修正憲法第1条)で保障された表現の自由に反するという点が違憲であるとしています。また、他の方も含め提示していただいた資料によると、国内の「有害図書指定」に対する反論でも、表現(言論)の自由に関する意見が多く見られます。
法案提出の観点からは、憲法に違反する法律は制定できませんから、この法案は日本の憲法でも保障されている「表現の自由」とのコンフリクトが同じように問題になるでしょう。記事によると、米国連邦最高裁では「暴力的ゲームの販売を禁じる法律を合憲とするには、擬似的暴力と『切迫した違法行為』との間に関連性があることが必要」としたそうですから、この点に「表現の自由」よりも優先して法制化するためには犯罪行為に対する直接的な因果関係を示す必要があるでしょう。このことから、この法案が、「表現の自由」に対抗するには「明確な因果関係」が示されることが条件となり、現時点ではそれはかなり難しいと結論付けられます。
(提示資料)
ゴーストハント~幽霊の正体見たり枯れ尾花~(遊鬱さん提示)
ゲーム悪影響論に下された審判(遊鬱さん提示)
■大人の責任、社会の責任
「禁止法の前に、もっと本質的な大人の責任、社会の責任の問題がある」との意見も多くいただきました。まさにおっしゃるとおりです。この点についてはほとんどすべての皆さんの主旨に賛同します。大人(親)が教育をしっかりして、関係が良好で、心身が健康であれば、殺人にいたるきっかけも減少し、そもそもこういった法案は不要ということになると思います。この思考実験は、一般的に「少年犯罪を減らすには」ということではなく、少年の殺人に対して「IT業界としてなんらか役にたてないか」とのテーマですので、すべての指摘を受け入れた上で、この点と法案の関連を想像すると、増税法案などの同じように「その前にやることがあるだろう」という意見にさらされて審議において大いに議論となる部分であると考えられます。
ちなみに、「少年の殺人は減少している」という統計情報を主軸に据えれば、犯罪に関連して、大人(親)と子供の関係が悪化しているということも相関関係なしとなりますね。上記と同じように言えば、大人(親)と子供の関係が悪化しているという認識もマスコミの影響なのでしょうか?
■そもそも殺人は悪いことなのか
意見のなかで、「なぜ人を殺してはいけないのか?」という問題提起がありましたが、これは人間の罪そのものの定義の領域に入ってしまいますので、この思考実験では考察しないこととし、刑法に準じて「悪いこと」と定義させていただきます。
■ゲーム=悪?
今回の法案が「ゲーム=悪」という前提で提案されていると誤認してコメントされた方も多かったようです。特に語調が強い意見ほどそういう傾向がありました。まず、私のスタンスは「ゲームの否定」ではないことを明言しておきます。私自身もゲームの企画・開発に携わってきた人間です。自社のゲーム以外でも、アーケードやRPGに相当はまった時期もあります。ゲームには夢があります。リアルでは体験できない楽しみがあります。私が、皆さんと一緒に考えたかったのは、先の資料で挙げたような「ゲームの中にリアルな人殺し」が「本当に必要か?」ということです。しかしながら、私の表現の拙さで、誤解を与えてしまい、思考実験を超え感情レベルで嫌な思いをされた方にお詫びいたします。
■平野への意見
案に対してではなく、「私」に対しての意見も多くいただきました。私の文章の拙さで、私のゲームに対する考え方、私自身の立ち位置について誤解を与えてしまった方もいらっしゃるようです。また、できるだけ多くの方に参加していただきたいために煽るような書き方になったり、評論家的な書き方が嫌いなことから、私のエントリが街宣的な活動と感じられた方もいらっしゃるようです。これらの方々に、お詫びいたします。また、人としてのサジェスチョンをいただいた方々に、この場を借りて感謝いたします。
すでに書きましたが、私自身は、ゲームは身内の意識です。ですから自分たちの業界として何かできることがないかと思考をめぐらせて見たいと思いました。米国の規制に関しての友人達との会話の後にCEROの倫理規定を見て「麻薬」「売春」「強姦」などはすでに禁止されているのに、なぜ「殺人」が外されているのかと疑問を持ち他の人と考えてみたくなったのです。
■今回の案に一番近い現実の禁止規定を考える
というわけで、長くなってしまいましたが、もう新しい切り口の意見は出ていないようですし、皆さんの認識も深まったと思いますので、最後に論点を絞って考えてみたいと思います。
さて、実は、提案した法案に近い規制が既に存在します。それは、コメントでも示したCERO(Computer Entertainment Rating Organization)の自主規制です。それも、レーティングの部分ではなく、CERO倫理規定の第7条「禁止表現」です。この「禁止表現」に触れるとレーティングをもらえず、そのゲームは出荷できないことになっています。
つまり、既に実在するこの自主規制を考えることで、まずは現時点でのルールのありかたを具体的に考えることができると考え、取り上げます。
ちなみに、CEROのレーティングとは「年齢別レーティング制度」と呼ばれているもので、年齢別にA, B, C, D, Zの区分があり、また内容を示すために9つのコンテンツアイコンがありますが、これは内容についての情報を簡潔に伝えるためのものであり、上記の「禁止事項」とは異なります。
■CEROの倫理規定
まずは、「倫理規定」の該当部分を以下に抜粋引用します。
「CERO倫理規定 6ページ 別表3 禁止表現」より抜粋
<反社会的行為表現>
1.テーマ・コンセプト上必然性の無い大量殺人・暴行を目的としている表現
2.麻薬・抗精神薬等の規制薬物で、医療目的等の本来の目的以外に不正に使用されることを肯定する表現。
3.虐待を肯定する前提での虐待シーン表現。
4. 犯罪を賞賛、助長することを肯定する表現。
5.売春・買春等を肯定する表現。
6.近親姦の表現、強姦を肯定する表現。
7.未成年による飲酒・喫煙表現を明確に推奨している表現。
■なぜ禁止なのか?
もし、今回多く出た意見のように「ゲームの内容は少年少女に悪影響を及ぼさない」のであれば、「禁止表現」を指定し規制をする必要はないということになります。もし、CEROの自主規制が根拠なく行われているのであれば、法律の制定どころかこの自主規制さえ必要なく、CEROに対して禁止の解除を求めるべしということになりますが、この点について、参加各位はどう考えられるでしょうか。
■なぜ「強姦」は禁止で「殺人」は禁止でないのか?
上記とは逆に、「影響があることは否めず、禁止に意義がある」ということになれば、リアルワールドでは刑法に触れる「殺人」と「暴行」だけが「大量でない」または「ストーリーに必然」という場合には禁止されないとになります。つまり、これはほとんど引っかからないことになります。先に挙げたゲームの場合でも「大量ではなく」「ストーリーに必然性がある」ので禁止されません。
もし、提供側の都合で、「殺人」「暴行」だけが特別扱いされて禁止されていないのであれば、業界の自主規制はお手盛りということになってしまい、任せられなとなるでしょう。その場合の思考実験として第三者による禁止が選択肢として入ります。
さて、なぜ「麻薬」「強姦」「売春」は禁止で、「殺人」「暴行」は禁止でないのか?どうあるべきか?
以上、これまでに出たさまざまな意見を踏まえ、既に存在する規制に対しての意見も加えて賛否の投票をいただいて、この思考実験を終了したいと思います。コメントしにくい人も参加できるように、アンケートを使用した投票形式を採用しますが、コメント欄での意見も引き続き受け付けます。特にこれまでコメントをいただいた方に、上記に関して再度コメントをいただければさらに考察が深まるのではないかと期待しています。
■投票
第1回投票 (はてなアンケートへ)
第2回投票 (はてなアンケートへ) ※注2
第1回 追加アンケート ※注3
第2回 追加アンケート ※注4
■ネットワークバーチャル社会のルールとは
さて、今回の話題は「ゲーム内での殺人」にフォーカスを当てたものでしたが、MMORPGなどを筆頭にますますネットワーク上のバーチャル社会が進化するに従って、その世界におけるルール作りの話題は多様化し、頻度も増していくでしょう。リアル世界との係わり合いの変化によって、ゲーム内のルールだけでは間に合わなくなるのは必定と考えています。RTMのようにリアル社会との接点ができたり、バーチャル結婚のようにリアル社会が投影されたり、というのはまだ序の口でしょう。2010年には、どのような状況になり、どのような議論がなされているのでしょうか。業界の一端に携わるものとしてこれからもウォッチしていきたいと思います。
※注1 [2006/07/10 追記] 『「表現の自由」とのコンフリクト』の項を追加しました。
※注2 [2006/07/08 追記] 投票時間によるばらつき調整のため、第2回投票を実施。
※注3 [2006/07/12 追記] コメントを参考に追加アンケート(第1回)を実施。
※注4 [2006/07/13 追記] 投票時間によるばらつき調整のため、第2回追加アンケートを実施。