Re:集まりに参加するときの心構え
プログラマー社長のブログを書いている小俣さんによる表題のエントリーを拝読してどうしても呼応をしてみたくなったので、感じたことを書いてみようと思う。
会議に出席するからには、発言をする、もしくは発言をするつもりで臨む。これはもう、社会人の鉄則です。そうでなければ、まったくもって時間の無駄遣いです。(「君は発言をあえて求められるまで黙っていなさい」という意味の「オブザーバ型参加」の場合は黙って見守るのがルールということなのでこの限りではありませんが。)兎に角、仕事をする、ということは、会議に貢献をし、何かを持って帰ることなのですから、貢献もしない、持って帰りもしない、では社会人としての意義を問われても仕方がないでしょう。ところで、こうした発言が活性化しない会議の中に、参加者の姿勢の問題ではなく、「モデレータの力不足」によるものも散見されます。
- なぜか自分ばっかりしゃべっているモデレータ
- 会議の目的やゴールの確認など、トーンセッティングを怠るモデレータ
- 高圧的で、発言しづらい雰囲気を創るモデレータ
- せっかくの意見や質問をさえぎるモデレータ
- 近くにいる上司の顔色を伺っていて主体性のないモデレータ
このような、理想的とは言えないモデレータのタイプも様々でしょう。成功する会議のモデレータとは、会議の調整、調和を取りながら、参加者の意見を引き出し、まとめていく役割を担っていると理解しています。参加者から意見を引き出す、あるいは意見をしっかりと聞く「傾聴力」は欠かせないスキルであると言えるでしょう。
もし参加者がモデレータのトレーニングを受け、実際に経験をしたことがあれば、ここの傾聴力は高まるのではないでしょうか。自分がモデレータと参加者と両方経験して、互いにどうあるべきかをもっと深く理解しているからです。
小俣さんの描いた「会議とは参加するものである」とは、その会に参加し、その目的に貢献することが不可欠なのです。参加の仕方に関わらず、舞台にあがった人々に関心を寄せ耳を傾ける。これは他人を尊重するというソーシャルな行為そのものだと思うのです。そのソーシャルな行為というのは、一度モデレータを経験することでさらに磨きをかけることができるのではないかと思います。
*NHKの「ようこそ先輩」で登場した湯浅誠氏が後輩の子供たちに残した言葉は「見えないことは無視につながり、関心は尊重につながる。」でした。これにはとても共感しました。この言葉を知っていたわけではありませんが、そういえばと自分がオフィスをきれいにしてくれている人たちや、警備の方や、コーヒーを売りに来てくれる人たちに話しかけている理由に思い当たったのです。