オルタナティブ・ブログ > ニュータイプになろう! >

もしも洞察力があったなら……。

禁煙のススメ

»

スモーカーに挟まれるつらさを拝読し、プライベートな嗜好の世界ではありますが、同感だったので、これに関連した思考を書いてみたいと思います。題して「嗜好の思考」。

9389scd 嫌煙家への配慮は、過去10年を振り返ってもずいぶん良くなってきました。駅のホーム、レストラン、コーヒーショップ、ホール。。。不特定多数の人たちが集まる場所は、都市部ではほぼ禁煙、あるいは分煙になっています。もちろん都の条例などの規制の影響が大きいでしょうが、タバコをすわない人たちには、ずいぶんと環境が改善されました。

かなりミクロな視点なので、タバコの税金によってまかなわれている日本の財政云々、というお話はしません。ここでは、あくまでも嫌煙者の視点で書いてみます。

さて、先出のリンク先のように、もしも自分が喫煙者の集いに定期的に、長時間、いなくてはならないとしたら、どのカードを引くべきだろうか。

1)我慢する
2)行くのをやめる
3)周囲に喫煙をやめてもらう
*究極のオプション、自分も喫煙してみる、は選択肢から除外します。

Cimg0015 上記いずれの選択であっても、誰かしらに不満を残します。つまり、Win-Winの関係を築くのは、難しいですね。しかし、長期的な視野に立って、もし、「自分がタバコを吸う」という選択を除外するのならば、相手、もしくは周囲にやめていただくことを検討することができます。また、やめることを無理強いするだけでは、良好な関係を維持するのは難しいでしょう。重要なのは、いかに快適に止めるか、なのです。

そこで、快適な禁煙のススメをします。大変シンプルです。アレン・カーの「禁煙セラピー」を読んでください。

以上

・・・・・・と終わってもいいのですが、それだけだと面白くない。私が同書を読むに立った経緯を含めてもう少し「禁煙のススメ」について追いかけてみます。

さて、私は、今から7年半前に、禁煙をしました。何の苦しみもなく、すぐにやめられたのです。どうやって?2001年2月に「禁煙セラピー」を読んだからです。そして読むに至ったのは、本を読み始める数時間前に遡ります。その日は某ビジネス週刊誌の編集者との食事会でした。私がグラスを傾けながら、おもむろに(ゆっくりと)タバコを取り出し、ライターで火をつけようとすると、

編集A 「おや、玉川さん、貴方はまだタバコを吸っているのですか?」

私 「ええ、まぁ。皆さんは吸わないのですか?たしか以前お会いしたときは・・・」

編集A 「そうなんです。もう、止めたんです。そして、二度と吸うことはないでしょう。」

編集B 「そう、私たちはタバコを二度と吸いたい気持ちにならないんです。完全に止めたんです。」

私 「え?それは、どうやって。。。?なにか病気になるとか、そういう事例に出会った?」

編集B 「まったく違います。強迫観念は、一時は効くでしょうが、すぐにもとどおりです。そして我慢ができなくなります。つまり、それじゃ止められないんです。」

私 「意味がわかりません。じゃ、例えば、投薬、パッチをあてるとか、代替物を口にするとか?」

編集A 「いいえ、対処療法ではないのです。そして、我慢でもありません。強迫観念で押さえつけるのでもありません。その処方を用いれば、タバコは金輪際、人生とは無縁のものとなるのです。玉川さんも早くこっちの世界に来るといいですよ。」

私 「・・・・・・・・」

Cimg0073 というやりとりがしばらく続く。この話が始まってから、解散をするまでずっと気持ちはフラストレートしっぱなし。はやくこのもやもやを解消したくなって、帰途に本屋で同書を買ってしまったのです。そして、いてもたってもいられずに、すぐに読み始めました。正味2日。読み終える頃には、不思議ですね。タバコを捨て、吸わなくなってしまいました。そのような気持ちはすっかり、どこかに行ってしまったのです。

*効果には個人差があります。

*止めたいと思っている人ほど効果があると考えます。反対に、止めたくない方にはあまり効かないでしょう。

*信じる事が大事です。「私はやる!」と。

*本稿は本年6月に下書きしたものを加筆修正しました。話題としてタイムリーかどうかはわかりませんが、日本オラクル新社屋は全社完全禁煙、ということもあり、掲載をさせていただきます。

*決して版元や本屋さんの回し者ではありません。

Comment(0)

コメント

コメントを投稿する