IT業界の現状と求められる人材
先日、大学の先生たちの前で、「IT業界の現状と求められる人材」というテーマでお話する機会がありました。
今回は、そのときにお話しした内容をご紹介したいと思います。
1.国内ITサービス市場
IT専門調査会社 IDC Japanの「国内ITサービス市場予測」(2月18日)によると、国内ITサービス市場は、2008年(リーマンショック前)以来のプラス成長だった2012年に引き続き、2013年も2年連続でプラス成長を達成した、とのことです。
2014年以降も成長が期待されるものの、そのペースは極めて緩やか。2013年~2018年の年間平均成長率は1.3%にとどまると予測されています。
このような低成長が続くのには、IT業界が抱える構造上の問題があります。
2.国内ITサービス産業の現状
経産省の「情報サービス産業の現状」(2012年3月27日) によると、国内のITサービス産業の売上高の約5割は「受託ソフトウェア開発」で占められています。従業員数規模の小さな事業者は、「受託開発・人材派遣」の割合が高く、これらで7割を占めています。
3.IT業界が抱える構造上の問題
ちょっと、古い記事ですが、BCN Bizline「受託開発系SIer152社の決算」(2007年6月18日)を見ると、リーマンショック前のプラス成長のときでさえ、
- 受託開発系SIerは、売上高の伸び率が販売系SIerを大きく上回っているのに利益率が減少
- 各社が人手の確保に奔走する“追い風”を受けていながら、増収減益基調から脱却できていない
ということが分かります。
また、JISA(情報サービス産業協会)「情報サービス産業を巡る市場環境に関する調査」(2009年7月)では、3つの脅威について、記載されています。
- 「顧客」顧客ニーズの多様化、「作る」から「使う」のニーズ変化等
- 「新規参入・競争」新興国ベンダーの参入等
- 「内部」労働集約型での生産性向上の限界、有能な人材が集まらない等
これらの脅威や顧客、競合他社との関係変化により、構造の変化が必要という内容です。
実際に、先ほどの経産省「情報サービス産業の現状」を見ても、企業の規模に関わらず、9割以上のIT企業が、ビジネスモデル転換の必要性を感じていることが分かります。
ビジネスモデルの転換について、JISA「情報サービス産業を巡る市場環境に関する調査」では、具体的に、
- 受託開発型 ⇒ サービス提供型
- 労働集約型 ⇒ 知識集約型
- 多重下請構造 ⇒ 水平分散型
- 顧客従属型 ⇒ パートナー型
- 国内産業 ⇒ 国際作業化
を挙げています。
BCN Bizline「 業界マップ 情報サービス市場」(2012年1月20日)では、SIerは規模のメリットを追求する動きに拍車がかかっていることが分かります。
先行投資が重くのしかかるクラウドコンピューティング、ユーザー企業のアジア成長国への進出に対応などのためには、ある程度の規模の大きさが必要だからです。
このように、大手は、グローバル展開や、クラウドサービスに一歩踏み出していますが、従業員数の少ない企業では、必要性を感じながらも、ビジネスモデルの転換ができずにいるのが現状だと思います。
4.WEBビジネス市場の拡大
国内ITサービス産業の中心である受託開発系SIerが低成長に喘いでいる中、インターネットを活用した“WEBビジネス”が急激な拡大を見せています。
経産省「情報サービス産業の現状」では、2020年には5倍弱に成長すると予測されています。WEB企業の主なプレイヤーとして、「専業ECサイト」の楽天、「SNS、ソーシャルゲーム」のディー・エヌ・エー、サイバーエージェント、グリー、ミクシィ、クックパッドが挙げられています。
5.WEB企業の特徴
IPA「IT人材白書2013概要」(2013年3月28日)によると、WEB企業は、企画、開発、運用を兼務した少人数での開発体制の傾向が見られるとされています。
業務において最もよく用いられる開発プロセスについての質問では、他のIT技術者と比較してアジャイル型が多いことが分かります。これは、開発の迅速性、開発者個人の能力・意欲が重視されていることの現われだと思われます。
6.IT人材の動き
IPA「IT人材白書2013概要」には、IT企業からユーザ企業(IT部門)、WEB企業へ人材が流動についての記載もあります。「WEB企業は、SIer出身者の採用も行っているが、逆は少ない」、グローバル化、クラウド、ビッグデータ、モバイルなどIT環境の変化の中で、「ユーザー企業(IT部門)は、人材の育成、確保が急務になってきており、SIer出身者の採用を積極的に行っている」ことが分かります。
7.求められるIT人材像
IPA「IT人材白書2013概要」を見ると、ユーザ企業(IT部門)、WEB企業、IT企業で、IT人材の要件は異なり、企業やビジネスモデルによって、どのような人材が求められるか多様化してきていることが分かります。
全体に共通するのは「技術力」なのですが、ここでちょっとショッキングなデータもあります。
「業務時間外に自主的に勉強を行っている技術知識等」の内容について、「業務時間外に自主的に勉強することはあまり無い」の回答が、他の年代と比較して、20代の割合が一番高いのです。
ちょっと古い資料ですが、IPA「IT人材白書2010概要」(2010年4月7日)を見てみると、「今後10年間に重要となるスキル」では、企業側と教育機関でギャップがあることが分かります。「情報系の基礎理論・体系的知識」は、企業側では、教育機関の半分程度しか重視されていません。企業側で重視している項目を見ると、技術面では、「上記分野を横断する技術力」、技術面以外では、「顧客業務や業務分析に関する知識」「プロジェクトマネジメント能力」など、高度なスキルや教育機関では学べないことが重視されています。
しかしながら、企業が「情報系専攻の新卒学生に求める知識・経験」を見ると、「今後10年間に重要となるスキル」では教育機関の半分しか重要視されていなかった「情報系分野の基礎理論と基礎知識の習得」が80%で第一位になっています。情報系を専攻しているのですから、情報系分野の基礎理論と基礎知識を学習するのは当然です。
つまり、企業側は、「きちんと勉強していける人」、「入社してからもどんどん学習できる人」を求めているのです。
発表の後で
同席されていたIT企業の方から、「作る技術」よりも、「使う技術」が求められるようになって来ている、というご意見がありました。
それは、「作る」だけの人材では、今後のIT業界を生き抜くことは難しく、「問題解決能力」が求められているのだと思います。
作る、使うは、手段であり、それらを適切に選択し、目的達成のために情報や情報技術を適切に活用できることが重要な力だと思います。それには、情報や情報技術の知識だけでなく、課題を見つけ出し、仮説を立て、試行錯誤を繰り返しながら、答えに近づいていく、という力が必要です。
その日、大学のゼミナールの内容をいくつかご紹介いただきましたが、そのような「問題解決」のためのプロセスを体験することこそが大切なのだと思います。