検索エンジンと“忘れられる権利”
「「Gumroad の問題点」の問題点」というエントリでも取り上げたことですが、「検索エンジンは日本の著作権法を逃れるために海外にサーバーを置いている(だから日本でネットビジネスは育たない)」という主張は“都市伝説”と言ってよいでしょう。そのエントリでも指摘したとおり、サーバーを海外に置くだけで日本の著作権法を逃れることができるなら、ベンチャー企業にとっては“サーバーの置き場所”以外に何の障害もないはずだからです。
クラウドが普及する近年でなくても、共有ホスティング・レンタルサーバーというものは早くから存在していましたし、そうしたものを利用したものも含め膨大な数の“検索エンジン”がありました。指定したサイトの情報を何千もの検索エンジンにまとめて登録するというサービスさえありました。日本でも教育機関を中心に検索エンジンが作られていました。そして、全文検索をページランクというユニークな技術で実装した「グーグル」が、“世界中の検索エンジンの中で特筆すべき存在だった”というだけです。
■グーグル・サジェストに関する裁判
「米グーグル:検索予測差し止め命令…東京地裁仮処分」(毎日新聞)では、次のように報道されています。
米国のグーグル本社に表示差し止めを求める仮処分を申請し、東京地裁(作田寛之裁判官)が申請を認める決定をしたことが分かった。だが、米グーグルは「日本の法律で規制されない」と拒否し、被害が救済されない事態となっている。
"Don't be evil" を標榜するグーグルですが、日本の法律を順守する気持ちはないようです。「Google 利用規約」を見てみると、たしかに次のように書かれています。
…一部の国の裁判所では、ある種の紛争にカリフォルニア州法が適用されません。ユーザーがそのような国のいずれかに居住している場合で、カリフォルニア州法が適用から排除されるとき、本規約に関するその紛争にはユーザーの国の法律が適用されます。上記以外では、ユーザーは、カリフォルニア州の法選択の規則を除き、本規約または本サービスに起因するまたは関連するいかなる紛争に関しても、アメリカ合衆国カリフォルニア州の法律が適用されることに同意するものとします。同様に、ユーザーの国の裁判所が、本規約に関連する紛争について、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンタクララ郡の裁判所を管轄裁判所とする旨の合意を行うことを認めない場合には、ユーザーの居住する法域の裁判管轄に服するものとします。上記以外では、本規約または本サービスに起因するまたは関連するいかなる主張についても、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンタクララ郡内に所在する裁判所においてのみ裁判手続を取ることができるものとし、ユーザーと Google はその裁判所の対人管轄権に同意するものとします。
不満があれば、カリフォルニアで提訴しなければ(もちろん勝訴しなければ)聞き入れてもらえないようです。サーバーを海外に置いても日本の法律を逃れることはできないのですが、運営会社を海外に置けば日本の法律を逃れられるという典型的な事例にもなっています。グーグルは、グーグルニュースに関してベルギーの裁判で敗訴していますが、結局、アメリカ以外での判決など意に介すことはなさそうです。
ところで、Bing からリンクされている「マイクロソフトの使用条件」は次のようになっています。
第 13 条 契約先、準拠法、および紛争解決地
…
・お住まいの国または地域、あるいは本社の所在地が日本の場合、契約先のマイクロソフト法人は日本マイクロソフト株式会社 (108-0075 東京都港区港南 2-16-3 品川グランドセントラルタワー) です。また、日本の法律が本契約に適用され、本契約から生じる紛争、またはそれに関連して生じるすべての紛争についても適用されます。お客様と日本マイクロソフト株式会社は、本契約から生じる紛争、またはそれに関連して生じるすべての紛争について、東京地方裁判所をその専属管轄裁判所とすることに同意するものとします。
冒頭に挙げた「検索エンジンは海外にサーバーを置いて日本の法律を逃れている」といった噂が独り歩きしていた頃に、「日本の法律を逃れようとしているといった誤った印象を持たれることは法令順守の視点からも好ましくない」と伝えられたこともあります(これは、“お上”の言うことなら裁判せずに従います、という意味ではありません)。
一般論として、企業にとっては“自身に対する規制”の少ない方が利益を上げやすいものです。マイクロソフトは規制の少ない“アメリカ流”を採用すべきでしょうか。
はてブのコメントを見ると、「デマを発信しているのはその発信者の問題であり、グーグルの問題ではない」という指摘が散見されます。はたしてそうでしょうか。もし、ユーザーが“投稿”する仕組みを持つ何らかのサイトがあり、その中に不適切な(違法な)投稿があった際には、サイト運営者が通知を受けた“後”で削除すれば投稿内容については免責されます。これがプロバイダ責任制限法です。
グーグルサジェストは、グーグルの意思(グーグルが作成したプログラム)で情報を収集して提供しています。ストリートビューも同じですが、機械的な情報収集であれば故意に特定の問題発言を広めようとしたのではないとは主張できるかもしれません。しかし、通知後に削除すれば免責されるというプロバイダ責任制限法では守られません(そもそも、この件でグーグルは情報を取り下げようとしていません)。
たとえば、ネットに流布するデマをテレビ番組で放送したらどうでしょう。今なお、テレビの影響は絶大ですから、「(ネットでは)〇〇氏は××だという話です」などと伝えられたら、デマかどうかいちいち情報源を確認する人などほとんどいません。ネットの情報を流しただけのテレビ局には何の責任もないでしょうか。東スポのように「うちの記事なんて誰も信じないから、名誉棄損に当たらない」(磯崎哲也氏のブログより)と主張する手もありますが、グーグルがそう主張しているわけではないでしょう。
■“忘れられる権利”
少し前に、欧州委員会で「忘れられる権利」という法案が提出されました(「「忘れられる権利」でインターネットはどう変わる?」(GIZMODO))。情報元は、欧州委員会のサイトにあります("How will the data protection reform affect social network?"(PDF))。これは、そもそもネットに流れるデマは削除すべきというものではなく、いったんネットに公開したものでも(それがたとえ事実でも)それを取り除けるようにすべきだ、というものです。もっとも、欧州委員会の意見にグーグルが耳を傾けるつもりがあるかどうかはわかりません。
検索エンジンにとって、「検索されたくない情報を検索データから削除させる」ことは、企業にとって都合の悪い情報を見つけにくくさせることにもなります。しかし、それを盾にして、現実に起きている個人のプライバシー問題に一切手を付けないでよいものかどうか、私は疑問に思っています。