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IT業界のコメントマニアが始めるブログ。いつまで続くのか?

「乗車履歴」というプライバシーとオプトアウト

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パスモ サービスの一部を停止」(NHK)で報道されているとおり、PASMO のカード番号などが知られることで他人に使用履歴が見られるおそれがあるとして「PASMO履歴照会サービス」が停止されています。このきっかけが高木浩光氏の活動によるものであることは間違いありません(「ID番号が秘密なのか、それとも氏名・生年月日が秘密なのか」「パスモは乗車履歴を第三者提供? 他社のビッグデータに取り込まれる可能性」)。

私は日頃 Suica を使っていますが、そもそもカード番号をネットで公開しようとする人の気持ちはよくわかりません。一方、使用履歴が第三者に知られると、どんな風に悪用されるのかもあまり想像がつきません。この手の FeliCa カードは落として誰かに拾われてしまうと、カードリーダーで簡単に直近の履歴を確認されてしまうので、悪用を防ぐためには厳重な保管が必要なようです。

Comics32_lo■ブック検索の版権レジストリ

冗談はさておき、高木氏はもとより、はてなブックマークのコメントなどを見ても、「公開されると認識されていない個人情報を第三者に読み取られる可能性があるのは、たとえオプトアウトの仕組みがあってもまかりならん」という論調のようです。個人情報保護法とはそういうものですから、ことさら反対しようということでもないのですが、ふと思い出したのがグーグルがブック検索和解案で使おうとしていた版権レジストリです。

ブック検索和解案は、すでに破棄されているので、いまさら問題視するようなことでもないのですが(ブック検索が抱える問題はともかく)、当時はこのブログでも何度か取り上げました。ただ、だんだん内容が厳しいものになったので、後半は個人ブログで取り上げていました。この個人ブログはサーバー側の事情により閉鎖してしまったので今は見られないのですが、私の最終的な異議申し立ての内容は今でも SkyDrive で見られます。申し立ての時は、問題点を以下の3点に絞りました。

  1. 版権レジストリは、ベルヌ条約が禁じている「方式主義」にあたる
  2. 誤訳の指摘すら反映されず、日本語作品について英語作品と同等の保護が期待できない
  3. 版権レジストリにはセキュリティ上の問題がある

版権レジストリとは、ブック検索の対象となる著書の著作権者が誰であるか、その収益をどのように分配すればよいかを判断するためのデータベースです。(どこから提供されたかは知らないのですが)書籍データベースが用意されており、対応する著作権者が自己申請する形になっていました。音楽では JASRACJ-WID が提供されていますが、書籍については包括的な管理団体がなく、こうしたデータベースがないために、版権レジストリのような仕組みを作る必要があったのです。

そう、自己申請です。実のところ誰でも自分の著書だと名乗って申請することができました。異議申し立て書の付録にも書いてありますが、この点について実務を担当する Rust Consulting と何度もやりとりをしました。しかし、「不正があれば、当事者からクレームを受けて対応する仕組みがあるので問題ない」という以上の対応はありませんでした。実際に、他人からの申し立てがあればそのことがわかるようにはなっていたのですが、大半の著者はそんな面倒なことをするとは思えません。そこで、実際になりすましを実行してみることを Rust Consulting に通告した上で、いくつかの自分の著書でない書籍について申請を出してみました。

予想されたことですが、何の変化もありませんでした。もともと私が権利者だと申請した書籍に対して、別の人が申請しても、最初の申請者である私に対して通知が来るようになっていませんでした。他の申立人がいるものでも何の変化も起きませんでした。自分で版権レジストリを定期的に確認しないことには、自分の著書に対して偽の申請がなされているのかどうかわからない仕組みだったということです。

・異議申し立てに添付した“なりすまし”の結果
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■程度の問題

ポジティブかネガティブかを問わず、日本ではブック検索に対する具体的な活動はほとんどありませんでした。大手の出版社は静観していましたし、せいぜい一部の零細な出版社や団体、私のような個人が異議申し立てをしたり、日本語で“反対意見”を送り付けたという程度です。フランスやドイツが国レベルで反対していたのとは大違いです。一方、ブック検索を称賛していた人々も仕組みの問題にまで踏み込んで考えていたわけではありません。

たしかに、世界中を巻き込んだものの、当初のサービスは米国限定であり、日本の書籍に与える影響はわずかです。しかし、対象を世界に広げることは予告されていました。その基本となる版権レジストリは、簡単に他人の著書の著作権者になりすますことができ、問題が起きても事後対応という仕組みだったのです。私の感覚では乗車履歴を閲覧されてしまうよりも、ずっと大きな問題だと思うのですが、ほとんど話題になりませんでした。世間の人々(あるいは“ネット住民”)にとって、乗車履歴の閲覧はなりすましよりも問題の程度が深刻だということなのでしょうか。どうにも私は腑に落ちません。

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