オルタナティブ・ブログ > IT's my business >

IT業界のコメントマニアが始めるブログ。いつまで続くのか?

権利侵害の報告は当事者でなくてもよい

»
Comics21_lo_2

すでに削除されていますが、ニコニコ動画に著作権侵害動画の削除を依頼したら権利者当人であることを要求されたというエントリがありました。YouTube で宇多田ヒカルさんが公開したミュージックビデオが誤って削除されるといった“誤削除”が批判されるといったこともあり、運営側が削除に慎重な姿勢をとる理由はあります。ブックマークのコメントを見ても、仕方ないという意見が散見されます。しかし、本当に仕方のないことでしょうか。

■プロバイダ責任制限法

通常、プロバイダ責任制限法と呼ばれる法律(「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」)から抜粋します。

(損害賠償責任の制限)
第三条  特定電気通信による情報の流通により他人の権利が侵害されたときは、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(以下この項において「関係役務提供者」という。)は、これによって生じた損害については、権利を侵害した情報の不特定の者に対する送信を防止する措置を講ずることが技術的に可能な場合であって、次の各号のいずれかに該当するときでなければ、賠償の責めに任じない。ただし、当該関係役務提供者が当該権利を侵害した情報の発信者である場合は、この限りでない。
一  当該関係役務提供者が当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知っていたとき。
二  当該関係役務提供者が、当該特定電気通信による情報の流通を知っていた場合であって、当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるとき。
2  特定電気通信役務提供者は、特定電気通信による情報の送信を防止する措置を講じた場合において、当該措置により送信を防止された情報の発信者に生じた損害については、当該措置が当該情報の不特定の者に対する送信を防止するために必要な限度において行われたものである場合であって、次の各号のいずれかに該当するときは、賠償の責めに任じない。
一  当該特定電気通信役務提供者が当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が不当に侵害されていると信じるに足りる相当の理由があったとき。
二  特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者から、当該権利を侵害したとする情報(以下「侵害情報」という。)、侵害されたとする権利及び権利が侵害されたとする理由(以下この号において「侵害情報等」という。)を示して当該特定電気通信役務提供者に対し侵害情報の送信を防止する措置(以下この号において「送信防止措置」という。)を講ずるよう申出があった場合に、当該特定電気通信役務提供者が、当該侵害情報の発信者に対し当該侵害情報等を示して当該送信防止措置を講ずることに同意するかどうかを照会した場合において、当該発信者が当該照会を受けた日から七日を経過しても当該発信者から当該送信防止措置を講ずることに同意しない旨の申出がなかったとき。

たしかに、第3条2項2号では「自己の権利を侵害されたとする者」からの申し出を前提としています(申し出に対応して発信者に確認し、返事がないときに対処すれば賠償を免責)。しかし、これは「申し出に対応しないと損害賠償の責任を負うことになる」という話であって、“当事者以外の申し出は無視すべき”と定めているわけではありません

たとえば、最近の深夜アニメでは「インターネットでの著作権侵害が多発しているので、止めるように」という趣旨のテロップが出ます。もし、そのテロップが含まれたままアニメがアップロードされていれば、第三者から報告されたとしても「他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由」に該当すると考えても問題ありません。

■利用規約

そもそもニコニコ動画や YouTube では、運営側の判断で投稿を削除できることが定められています。

・ニコニコ動画の利用規約

2. 運営会社の対応
利用者による禁止事項に該当する行為を確認した場合、運営会社は自己の判断により利用者に対する事前の告知なく利用者が登録したアカウント情報の削除、書き込みの削除を含めた対応を行います
運営会社が任意の理由に基づき必要と判断した場合、禁止事項に該当することが明確でない場合でも利用者に対する事前の告知なく利用者が登録したアカウント情報の削除、書き込みの削除、その他の対応を行うことがあり、利用者はこれを承認します。…

YouTube の利用規約

6. お客様の本コンテンツ及び行為

F. YouTubeは、いかなるユーザーやライセンサーにより提出される本コンテンツ又はそこに表明されるいかなる意見、推薦若しくは助言を支持するものではなく、YouTubeは、本コンテンツに関連する一切の責任を明示的に放棄します。YouTubeは、本サービス上において、著作権侵害となる活動及び知的財産権の侵害を認めず、YouTube は、本コンテンツが、他者の知的財産権を侵害すると適切に通知された場合、全ての当該本コンテンツを削除します。 YouTubeは、事前の通知なく本コンテンツを削除する権利を留保します

当然、間違えて削除したところで“賠償の責めを負う”筋合いはありません。本当に運営者の身勝手な判断で片っ端から削除されてしまえばサービス自体の信用に関わりますが、少なくとも投稿が削除されただけで運営者に責任を負わせることはできません。まして誤って削除されただけなら、せいぜい「回復の努力」がなされる程度です。

実際、どの運営者も誤って削除したところで何かを補償してくれるわけではありません。SLA(サービスレベルアグリーメント)が定められているような有料のストレージサービスで事故が起きた場合には何かしらの対応が取られるでしょうが、こうした動画投稿サイトはそのような対応は謳われていません。

■親告罪の誤解?

親告罪は「告訴がなければ公訴を提起できない“犯罪”」です。TPP にともなって著作権侵害が“非親告罪化”されることを“懸念”する向きもありますが、親告罪だからといって捜査や逮捕ができないわけではありませんし、まして民事的な損害賠償責任を制限するプロバイダ責任制限法には関係ありません。非親告罪化については、あらためて考えてみたいと思いますが、「著作権侵害が親告罪だから当事者以外の通告は無意味」と考える人がいるなら、プロバイダ責任制限法とは関係のない誤解でしょう。

■プロバイダ責任制限法の運用

権利侵害は、著作権に限定されるものではありません。名誉棄損や誹謗中傷といった書き込みもまた個人の権利を侵害するものです。そうした投稿の削除に及び腰になるプロバイダがいるのは、ひとえに“金のため”としか思えません。違法な投稿が“客寄せ”になるので、できるだけ放置しようとするなら、それは社会的に受け入れるべき考え方ではありません。

もともとユーザーの投稿を受け付けるプラットフォームとしてのプロバイダ(ISP という意味だけでなく)は、いわば情報発信者でもあります。ここでユーザーの不適切な投稿によって、プラットフォーム自身を即違法行為者とみなさないために“事後対応”(notice and take-down)で免責しましょう、というのがプロバイダ責任制限法です。それによってインターネットサービスの発展を阻害しないようになっているのです。しかし、プロバイダ責任制限法を“違法な投稿を前提としつつ通知を受けるまで公開することは合法”だとする仕組みとして悪用すれば、社会的に問題になるのは当然です。

一方、まじめなに対応するプロバイダから、対応がおろそかなプロバイダにユーザーが移動してしまうことになれば、まじめに対応することが敬遠されてしまうのも事実です。現状は、プロバイダ責任制限法は、かなりプロバイダに緩く運用されているようにみえます。とくに誹謗中傷のように基準があいまいなものは、プロバイダができる限り緩く解釈しており、それが許されている状況にあります。

しかし、著作権侵害にしろ誹謗中傷にしろ通知を受けたプロバイダは、“その行為の存在”を知ることができているはずです。そうであれば、第三者からの報告であれ、その発言を「プロバイダ自身による行為」とみなして発信者の代わりにプロバイダに“賠償の責め”を肩代わりさせてもよいように思います。そうしないと、“まじめなプロバイダが馬鹿を見る”という状況を変えにくいからです。

Comment(1)