医薬品と健康食品に見る「効果がある」という表現の違い
Winny などで音楽を違法に共有したり、ニコニコ動画に許可なく投稿することにも宣伝効果がある、という話を聞くことがあります。先日の「1年経ったニコニコ動画」というエントリでも、そのようなコメントをいただきました。利用者にとっては「宣伝効果がある」と思うことで違法な共有に対する心理的な抵抗を減らせるという内向きの理由は考えられるのですが、著作者側でもある人がそのような発言をするのをみると「ぜひ自分の著作物で試してみてほしい」と思ってしまいます。何しろ、その手の発言を自分で信じて実践している人ってほとんどいないのですから。
さて、福田氏の最近のエントリに、宣伝効果の実例を示す材料として、Perfume を例にとり、以下のようなコメントが寄せられていました。
■ニコニコ経由で買われた該当商品の全体の購入数
累計3,277人が購入しました。
■動画に貼られている広告の全体のクリック回数
累計43,802人がクリックしました。
■上の●動画自体に貼られてる広告のクリック数
この動画で4,084人 全体で43,802人がクリック
■ ●動画の再生数
231,184回この数字を使えば、●動画において、1再生数あたりの広告クリック数は約0.0176、
広告クリック数から見た、●動画の影響度=4084/43802=0.093、
●動画自体を経由しての購入数の予想=3277*0.093=304個
などが分かります。
なかなか興味深い数字です。wikipedia によれば、ニコニコ動画の会員数は 420万人ですが、ブロードバンド利用者はその10倍以上いる(契約数でも6倍以上)ようですから、全員がニコニコ動画会員になると単純計算すれば10倍の購入に結びつく(ニコニコだけで3万人以上)と言えることになります。もちろん、“単純計算”ですし、トラフィックの問題は無視しています(小飼氏のように「民放、オワタ」などというつもりもありません)。
注意すべきことは、これは成功事例であって、どのコンテンツに対しても普遍的に主張できるというものではないということです。まさに先のエントリで、ゆうれいさんが「……効果はあります。そりゃ、無いものもありますけど」とコメントされたとおり(2007/12/14 15:44)、不正投稿されたものでも宣伝効果がないものはあるわけです。むしろ、「宣伝効果が認められたコンテンツ数」を「不正投稿されたコンテンツ全体の数」で割ってみると「宣伝効果」が認められる比率は相当低いのではないでしょうか。
そこで思い出すのが、いわゆる健康食品のコマーシャルです。ケーブルテレビやスカパーを見ているとチャンネルによって、けっこう健康食品のコマーシャルがあるそうですが、たいていは「○○を食べ始めてからぐっすり眠れるようになりました」とか「△△を飲みはじめて肩こりがなくなりました」という“個人の体験談”を紹介するという体裁をとっています。また、必ず「※効果には個人差があります」といった注釈が入っています。(上記の Perfume の数字と違って)この手のコマーシャルは「本当に体験談なの?」(役者じゃないの?)という疑問はあるわけですが、いずれにせよ、会社自身が「ぐっすり眠れます」とか「肩こりがなくなります」という効能を主張することはありません。そんなことをしたら薬事法違反になるので、せいぜい「ぐっすり眠れない方に」とか「肩こりでお悩みの方に」と対象者を特定する程度です。数人に効果があったとしても、その他の数百人とか数千人には効果がないかもしれません。しかし、特定の条件のもとで体験談という事実を伝達することは表現の自由です認められています(※下線部追記。コメント欄参照ください)。もし、こうした健康食品を利用して効果がなかったとしても、「個人差」で済まされてしまうでしょう。
これに対して医薬品のコマーシャルでは、明確に「熱が下がります」とか「水虫に効きます」といった効能を主張します(ここでは医薬品の細かい分類などは省きます)。というより、そのように効能が認められないものは医薬品として認可されません。薬の効能が認められるためには、相当数の被験者に対して、(心理的要因を排除するため)薬を投与しているかどうかを知らせず、効果を追跡するという厳しい検証手順が求められます。そのように検証してはじめて効果があると認められ、世間一般に対して効能を主張できるのです(「眠くなります」のような副作用が表示されていることも重要です)。薬局で風邪薬を買う時に、風邪がウィルス感染なのか細菌感染なのかで効くかどうかを考えることはあっても(あるいは副作用を心配することはあっても)、健康食品のようにイチかバチかという感覚を持つ人はいないでしょう。たまたま効かないことはあるかもしれませんが、たいていの人には効くと検証されているのが医薬品です。
ちなみに、「あるある大辞典」や「ためしてガッテン」のような番組では、さまざまな実験を行って食品の効果を紹介していたわけですが、もちろん製薬会社が行うような膨大かつ厳密な検証が行われていたわけではありません。たいていは「10人のうち7人にダイエット効果がありました」のような「事実の伝達」(および根拠の推定)という手法をとっていたはずです。捏造は論外ですが、条件を明らかにして事実を伝えている限りでは「表現の自由」です(※法令に違反しない限り。コメント欄参照ください)。しかし、この程度の実験をしたからといって「ダイエット医薬品」として認められるわけではありません。
冒頭に書いた著作物を違法共有することによる宣伝効果は、せいぜい健康食品の効能と同じようなものだと考えられます。宣伝効果の根拠として示されるのは、上記のような事例であったり、よくて相関関係程度です。栗原さんが「相関関係があるから因果関係があるとは限らない」と書かれていますが、たとえば「不正投稿動画の視聴数」と「売上の伸び」に相関関係があったとしても、そこから「不正投稿動画が視聴されると売上が伸びる」といった因果関係が導き出されるわけではありません。むしろ、「売上の伸びるような動画だからこそ、よく視聴されている」という因果関係なのかもしれません。
当たり前ですが、健康食品の効果が万人向けに検証されていないからといって、すべての健康食品が無意味だというつもりはありません。(体験談が事実であるなら、ですが)中には効く人がいるのでしょうし、自分がそれに該当するかもしれません。藁にもすがる気持ちで色々試すという人もいるでしょうが、それを無駄なことと切り捨てることはできません。動画共有についても、事例を信じて、自らの著作物で新たな可能性にチャレンジすることまで否定はしません。しかし、健康食品程度(あるいはそれ以下)のような事例を挙げて、あたかも医薬品のような効能があるように主張し、許諾のない投稿を正当化するということは、ナンセンス以外の何物でもないでしょう。それに、正規の動画配信に対する悪影響という副作用があるかもしれないのですしね。