プロジェクトには罠が潜んでいる、あるいは失敗原因研究の必要性
8/27に、ようやく僕の7冊目の本「プロジェクトを失敗させる55の罠」が出版される。ページ数も多いし、イラストもあるので、25年の8月にいったん原稿を書き上げてから1年かかってしまった。
以下に本書の「はじめに」を掲載する。どのような本か、どのような人に読んで欲しいか、なぜこの本を読む意義があるのか、について書いた文章だからだ。
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★失敗プロジェクトには、多様な失敗の原因がある
小説「アンナ・カレーニナ」を読破した人は少ないが、冒頭だけは有名だ。
「幸福な家庭はすべて互いににかよったものであり、不幸な家庭はどこもその不幸のおもむきが異なっているものである」
『アンナ・カレーニナ』(レフ・トルストイ著、木村浩訳)
家庭以外の色々な事象にもこの言い回しは当てはまるため、よく引用される。Wikipediaに「アンナ・カレーニナの法則」というページがあるくらいだ。
これを初めて読んだ時、わたしは「プロジェクトも同じだな」と思った。幸福な家庭、つまり成功プロジェクトはだいたい似たようなもので、こんなイメージだ。
・経営者から現場担当者まで、皆がプロジェクトに協力的
・一丸となって明確なゴールを目指す
・風通しが良く、あるべき姿を常に議論しながら進む
・課題が発生しても、皆で協力して解決する
などなど。
それに対して不幸な家庭、つまり失敗プロジェクトは様々な形態をとる。コンサルタントという仕事柄、うまくいっていないプロジェクトの話を聞く機会は多いが、それでも「えっ?そんなことってあります?」とか「初めて聞いたケースですが、まあでも、それだとうまくいかないですよね」みたいな感想をしばしば抱く。
このような「こうするとプロジェクトは失敗するという、避けるべきパターン」「過去の失敗プロジェクトで観察した駄目な行為、状態」を本書では「罠」と呼んでいる。この本は罠を集め、整理したうえで、どうすれば罠にハマらないのかを示した本である。
★教科書の限界と、罠を集めた本の意義
わたしはこれまで、企業における変革プロジェクトを成功させるための教科書を書いてきた。例えば「業務改革の教科書」や「システムを作らせる技術」などだ。これらの教科書で説明した方法論を愚直に実行していけばプロジェクトの成功率は上がるし、それらはきっと、幸福な家庭のように似ていることだろう。
ただし、教科書の限界もある。
これらの教科書への典型的な感想に「プロではないので、とてもここまでやりきれる自信がないです」というものがある。気持ちは分かる。教科書は分厚いし、プロジェクトは難しい。プロでもうまくやり遂げるのは難しいケースもある。教科書片手に初めて挑む方が、怖気づくのも無理はない。
そしてわたし達プロは、教科書に書いてある方法論を柔軟に適用している。つまり割愛するときもあれば、状況に合わせてカスタマイズすることもある。そのあたりの機微を全て教科書に表現するのは現実的ではない(書けないこともないが、煩雑過ぎて読者が受け取れないだろう)。
つまりプロジェクトの方法論を書いた本をコインの表とすれば、罠を集めた本書はコインの裏であり、補完関係にある(わたしを含めた50代以上の人には、レコードのA面B面と言ったほうが伝わるかもしれない)。
B面である本書が果たせることは多い。教科書に書かれたことを100%できなくても、必ず失敗するとは限らない。だがそうやって進めてきた自分のプロジェクトに罠の兆候を見い出したら、立ち止まるべきだ。すぐに対策を思いつかなかったとしても、罠に陥りつつあることに気づけただけで、プロジェクトは確実に良くなる。「罠の予兆に気づかず、気づいたときには、どうにもならない状態にはまり込んでいる」という状態よりはずっとマシだから。
そのため、凄腕のプロジェクトマネージャーは皆、「罠への自分なりのアンテナ」を持っている。これまでの失敗から培ったアンテナだ。わたしだって「あ、これ、前にあったヤバイ状況だ」と気付いたことで、何度も救われたことがある。
だがそういうアンテナは、プロジェクト管理の本をいくら読んでも鍛えられない。教科書にはうまくいく方法、成功事例しか書いていないからだ。だから実際に多くの失敗を経験する必要があった。飲み会で失敗談を語り合うことも、貴重な勉強の場になっていたかもしれない。いずれにせよ「罠に陥っていることに気づくアンテナ」の実装方法は確立されていない。
本書はあなたがアンテナを実装する手助けをするために書かれた。数多くの罠を知り、(実体験といかなくとも)知識として蓄積されている状態で、プロジェクトという難物に立ち向かえるようにしたい。
★今そこにある危機を認識し、共有し、対策を打つ
本書のもう一つの使い方は、すでに罠にハマっていることに気づいたプロジェクトメンバーが、気づいていない同僚(特にプロジェクトオーナーやマネージャー)に本を見せながら「今そこにある危機」を訴えることである。
わたし自身、プロジェクトという形態で仕事を始めてすぐに、危機を共有する難しさにぶち当たった。「これはどこかの本で読んだヤバい状況だぞ」と気づいて周りの人に訴えたとしても、聞く耳を持ってもらえなかったのだ。
初めは経験不足、情報不足による、自分の見立て違いに過ぎないのだろうと思っていた。なにしろ自分は社会人2年目、相手は10年目くらいだったので。だがわたしの懸念は高確率で現実のものとなった。いま思えば、他の人よりは罠を感じ取るアンテナが発達していたのだろう。
それに気づいてからは、自分が参加していないプロジェクトも含めて「この状況、ヤバいと思いますよ」と口を出すようにした。プロジェクトが失敗に向かっているのが分かっているのに目をつぶるのは良心が痛んだからだ。
しかし多くの場合、その口出しは相手を怒らせただけだった。プロジェクトの当事者だって成功させようと真剣に頑張っているのだ。なのに横から「それだと失敗しますよ」と若輩者に言われたら、誰だってムッとする。「自分って不吉な預言者みたいに思われているんだろうな......」と悶々としていたのが若き日のわたしだった。
できることなら、当時のわたしにこの本をプレゼントしたい。そうしたら、ともにページを開きながら、「この罠に見えるのですが、大丈夫ですかね?なにかお手伝いできることはありませんか?」と議論できただろう。懸念が当たっていようが外れていようが、プロジェクトを良くするための有意義な会話になったはずだ。
★無数にある失敗プロジェクト
世の中に失敗プロジェクトは多い。だから罠のネタにはことかかない。わたし自身も、相談に来たクライアントから「前のプロジェクトはこういう風に失敗してしまったので、今回こそ」という文脈で罠の事例を伺うことが多い。だからこの本を書くことにした。
かつて変革プロジェクトに配属され、成功させようともがいたことがある読者は、この本を読み進めることが、大変シンドイ体験になるだろう。
「うっ。確かにあの時こうしてしまったな......」
「あのプロジェクトでは、本当にああするしかなかったなかったんだろうか......」
「今の俺なら別なやり方でやるな......」
「関係者に申し訳ないことをした......」
次から次へと、こういう感覚に襲われるからだ。
わたしはこれまで、プロジェクトを成功させるためのポジティブな本しか書いていないが、そんな本ですら「読んでいたら、過去のプロジェクトを思い起こして嫌な汗が出てきた」「修羅場をくぐってきた人にしか書けない」などという感想がSNSに書き込まれた。
だとしたら、罠を書いたこの本は1ページごとにあなたの感情を逆なでするかもしれない。
しかし読者にそれくらい直接的に伝わる本でなければ、罠集として役に立たない。
念の為に強調しておくが、この本は過去の失敗プロジェクトを揶揄したり、笑いものにするために書いたのではない。そもそも、この本には著者のわたしが陥ってしまった罠も多く含まれている。どちらかと言えば、わたし自身は笑う側ではなく、笑われる立場だ。
でも皆さんのプロジェクトを成功させるために必要なことだと思い、身悶えしながら書いている。
どうか役立てて欲しい。