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「風立ちぬ」は「風が立たない」のか「風が立った」のかはっきりすべき

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kazetachinu.jpg今さらなんですが、文法の勉強をしているのでメモ代わりに書いておきます。これけっこう難しい問題のはずですが、まわりで「風立ちぬ」の話をする際に、立つのか立たないのか話題になったりしないのが不思議だなあと思ってました。

結論から先に言うと「ぬ」は完了の助動詞で「風が吹いた」が正解です。まあ映画を見れば分かるし、過去にも「風と共に去りぬ」とかあるので知ってる人も多いかとは思いますが、文法的にもう少し考えてみましょう。

「立つ」はタ行の、歴史的仮名遣いで四段活用、現代仮名遣いだと五段活用です。

未然形:立た(ない)/立と(う)
連用形:立つ(とき)/立ち(て)
終止形:立つ(。)
連体形:立つ(とき)
仮定形:立て(ば)
命令形:立て(!)

となります。つまり、「風立ちぬ」の「立ち」は「立つ」の現代仮名遣いで連用形なわけです。ちなみに「立つ」の意味は「デジタル大辞泉」で調べると6番にあって、「自然界の現象・作用が目立って現れる」ことで、「風が立つ」なら、「風が吹く」と理解するのがいいですね。

次に「ぬ」です。「ぬ」は打ち消しの助動詞と完了の助動詞の二つの使い方があり、まずは打ち消しの助動詞の場合から。

打ち消しの助動詞「ぬ」はちょっと複雑で、もともとは打ち消しの助動詞「ず」の連体形でした。この文語「ず」の連体形「ぬ」が、口語「ぬ」の終止形として使われるようになったのが、打ち消しの助動詞「ぬ」です。

未然形:○
連用形:ず
終止形:ぬ
連体形:ぬ
仮定形:ね
命令形:○

口語での活用はこのようになっていて、ほかの活用形と違う感じがするのは「ず」から限定的に派生した言葉だからですね。仮定形の「ね」は「~ねばならない」の場合にのみ使われています。連用形の「ず」は副助詞「ば」をともなうことが多くて、例えば「鳥も鳴かずば打たれまい」と使われます。

この打ち消しの助動詞「ぬ」を使う際は一つ重要なルールがあるのですが、それを説明する前に、完了の助動詞「ぬ」を説明しておきます。

未然形:な
連体形:に
終止形:ぬ
連体形:ぬる
已然形:ぬれ
命令形:ね

文語「ぬ」はこのように活用します。自然発生的な事象を表す言葉として成り立ったようです。用法は「完了」「確認」「並列」の三つがあって、「完了」は、ある動作が実現して終了したこと。「確認(強意)」は、「勝ちぬ(きっと勝つ)」のように動作を強く確認すること。「並列」は、「浮きぬ沈みぬ(浮いたり沈んだり)」のように使われます。「確認」と「並列」は古典を読まないと目にしないかもしれないです。

これで打ち消しの助動詞「ぬ」と完了の助動詞「ぬ」の二つを説明しました。さて、「風立ちぬ」の「ぬ」はどちらの意味でしょうか。と長々とここまで来ましたが、その判定はとても簡単で、打ち消しの助動詞「ぬ」は未然形に接続して、完了の助動詞「ぬ」は連用形に接続するというルールがあるんです。

つまり、「風立ちぬ」の「立ち」は最初に五段活用における「立つ」の連用形となっていましたから、ここでの「ぬ」は完了の助動詞でないとおかしいわけです。もし打ち消しの助動詞で使うなら、「風立たぬ」にしないといけません。「沈まぬ太陽」という作品がありますが、この場合は「沈むの未然形+ぬ」なので、「沈まない太陽」となります。「沈んだ太陽」なら、「太陽は沈みぬ」ですかね。

まとめると、「風立ちぬ」は

名詞「風」+動詞「立つ」の連用形+完了の助動詞「ぬ」

という構成になっていて、意味としては「風が吹いた」となり、ニュアンスとしては「気付いたら吹いてるなあ」ではなく「吹いたことに気付いた」となります。

「吹いているなあ」と同じで「風が吹いている」と訳すのは間違いです。「ぬ」は動作の終了を表すので実際に継続して吹いていたとしても、「吹いた」と訳すのが正解です。継続の助動詞は「ふ」で、未然形に接続するので、「風が吹いている」としたい場合は、「風立たふ」としなければいけません。

また堀辰雄の原文では「風立ちぬ。いざ生きめやも(生きねば)」とあるので、強意のニュアンスを含めて「風が吹いた......っ!」と訳したくなりますが、これは正しいとは言えません。

完了の助動詞「ぬ」が強意として使われるのは、先ほど書いた通り、「確認」の場合です。例として「勝ちぬ(きっと勝つ)」を出しましたが、これは平家物語の一節で、その後には「勝ちぬとおぼゆるぞ」と続きます。「おぼゆ」は、ここでは「思われる。感じられる」という意味で、「きっと勝つと思う!」となります。「確認」なので、「そうだよね!?」という推量を含むわけです。つまり、「確認(強意)」の意味で「ぬ」を使っていると解釈して極端に訳すと、「風が吹いたとしたら! いざ、生きねば!」となります。この作品において風が吹いたか吹いていないか分かっていないというのは変ですし、「いざ」につながらないので、単純に「吹いた」という「完了」の意味で解釈するほうが正しいと言えます。

ちなみに、「生きめやも」は誤訳として知られていたりします。

動詞「生く」の未然形+推量の助動詞「む」の已然形+係助詞「や」+詠嘆の終助詞「も」

という構成で、「めや」が反語になるので、「生きようかなあ、いや生きないでしょ」といった意味になります。つまり、「風立ちぬ。いざ生きめやも」は「風が吹いた。いざ生きようか。いや、生きない。死のう」となってしまうわけです。この文はフランスの詩人ポール・ヴァレリーの詩「海辺の墓地」にある「Le vent se lève, il faut tenter de vivre」を訳したもので、原文に生きないという意味はないので、誤訳だと言われているわけです。「生きめやも」で、「生きねば」にはなりません。

もっとも、結核で死ぬ運命を意図しての反語であるとか、「いざ」があるから「生きねば」なんだとかとか。諸説あって、単純な誤訳なのか意図されたものなのか。その真実は今となっては闇の中となっております。

偉そうに講釈しましたが、手元に「日本語文法がわかる事典」がありまして、調べながらでした。例文も多く分かりやすく説明されているので、普段何気なく使っている日本語のルールを知りたいと思っている人にオススメです。


   

Comment(1)

コメント

anonymous

記事本文中にもありますが、「風が立たない」のか「風が立った」のかは、「風立ちぬ」の時点ではっきりしているんですよね。
風が立たないなら「風立たぬ」になるかと。あまり聞かない言い回しですが。
タイトルがあまり適切ではないですよね。

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