「私をコミケに連れてって!」
2009年、8月の暑い日に
私は、生まれて初めてコミケという場所に赴いた。
その存在は知っていたし、興味がないでもなかったが、
漠然とした興味だけで出かけるにはハードルの高い場所である。
そのハードルを超えるきっかけは、
日参しているファンフィクション小説(※)サイトの管理人嬢の
「夏コミでアンソロジー本(※)に参加します」という書き込みであった。
春にハマり、初夏にサイトを立ち上げ、
発掘したファンサイトのブックマークも華やかなりし頃、
その「字書きの神様」の一言は、
老体を東京ビッグサイトに向かわせるのに十分なものだった。
仕事と趣味をかねて、ちょくちょくコミケに出かけている友人に
「ねえ、今年も夏コミ行く? 一緒に連れてってくんない?」
と申し出たところ、爆笑された。
「いいね!それ!『私をコミケに連れてって!』ってか!」
ふたりともバブル世代である。
連れていってくれ、と頼んでおきながら、
「2日目がいい」と注文をつける私に、彼女はつきあってくれた。
東京ビッグサイトの正面入り口は西よりにあるが、東館のほうにも入り口はある。
私は他のイベントの時と同じノリで、東館よりの入り口から入ろうとした。
が、コミケの場合、そこからは入れないのだ。
一般入場は正面入り口のみ!
人員整理のスタッフが声も枯れよと東西に人々を誘導している中、
人ごみとともに牛歩で東館への通路を移動する。
(この通路のことをコミケに参加する人々は「ゴキブリ回廊」と呼ぶ。豆知識w
なるほどこの人ごみでは、入り口はひとつにしないと暴動が起きそうだ。
ショートカットをしようとして、遠回りしてしまった私たちだが、
東館に向かう歩道橋の上で、コミケならではのすごい光景を見た。
ナスカの地上絵のような行列を眺めながら、そのエネルギーに圧倒される。
上から見ると気がつかないが、
行列がちょっと距離をおいて続く場合、その途切れる場所にいる人は
「ここは最後尾ではありません」というプラカードを持っており、
本当の最後尾の人は「ここはA-何番、○○サークルの最後尾です」
というプラカードを持っている。
それをバトンのようにつなぎながら、同人誌を買う人々の列は粛々と進んでいく。
コミケ参加者の規律正しさは、そら恐ろしいほどだ。
昼すぎに国際展示場駅に到着してから一時間。
正面入り口から目的の東6棟まで移動する間に、人ごみは枝分かれし、
目的のスペースに着く頃には、人波はだいぶ落ち着いていた。
コミケの動員力というのは小さなセルの集合体なのだな、と思う。
お目あての本と、なんとなく目についた本を購入する。
サークルチェック(※)もせずに飛び込みである。
R18表記の本は購入のさいに年齢確認があったりして、
ちょっとした羞恥プレイものだ。
それにしても、同人誌の装丁は今時本屋では見ないような
箔押しとか、エンボス加工とか、フィルムの遊び紙とか...
なんだかすごい豪華だ。
いったいこのお嬢さんたちはどこで印刷しているのだろう?
私は帰宅後、購入した本の奥付をしげしげと眺めていた。
※ファンフィクション小説
二次創作の小説。これを書いている人は、
絵描きに対して「字書き」と呼ばれる。
※アンソロジー本
複数の書き手や描き手の作品を集めた本。
作家の数が多い順に「アンソロジー」「合同誌」「個人誌」となる。
※サークルチェック
コミケに出展しているサークルをあらかじめカタログなどで、
吟味し、購入したいサークルの場所をチェックしておくこと。