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アジャイルや機械学習、リーンシックスシグマなど、日々の仕事の中で見て聞いて感じた事を書き留めています。

危なかった転職

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最近、ファーウェイ(HUAWEI、華為技術)を始めとする中国企業による知的財産権侵害に関するニュースが増えてきました。一般に機密事項の「漏洩」とか「流出」という言葉が使われているようですが、僕にとってはむしろ「強盗」や「窃盗」、「詐欺」や「盗難」という言葉の方が現実を正しく表しているような気がします。

僕自身も過去に中国企業による機密情報の「窃盗詐欺」によって人生が変わったかもしれない、という危うい経験がありました。それを備忘録としてここに記しておこうと思います。

「風力発電業界のマイクロソフト」への転職を決意

まだリーマンショックの傷跡から経済が完全に回復していない2011年の初頭、僕は転職を考えていました。その頃まだ多くの企業が従業員をレイオフしたり、給与を抑えたりしていましたが、AMSCAmerican Superconductor: アメリカン・スーパーコンダクター)は違いました。AMSCは超電導ケーブルを使った電力グリッドなどを提供する会社ですが、当時は風力発電設備を提供する会社として急成長しており、リーマンショックの影響など全くありませんでした。

むしろ風力発電ビジネスの成長を支えるために、AMSCは不況の中でもエンジニアの募集を行っていました。AMSCの株価も上がっていたため、一足早くAMSCに転職した友人は、「ストックオプションのおかげで額面上は大金持ちになった」と言って笑顔をこぼしていました。

その友人の勧めもあり、僕もAMSCが募集しているエンジニア職に応募してみることにしました。すると早速AMSCのリクルーターはAMSCの風力発電ビジネスがいかに成長しているのかということを繰り返し説明してくれただけではなく、「AMSCは風力発電業界のマイクロソフトになるだろう」と言って、AMSCの将来がとても明るいものであることを熱心に語ってくれました。

僕は「風力発電業界のマイクロソフト」なら間違いはないだろうと思い、AMSCへの転職をその場で決意しました。

株価が数日で三分の一に暴落

AMSCへの転職を決意した数日後、「AMSCのストックオプションは魅力的だな」などと空想にふけりながら株式市場を見ていたら、なんとAMSCの株価が三分の一に暴落していることに気が付きました。「風力発電業界のマイクロソフト」に一体何が起こったのかを知ろうと思い友人に電話をしてみたところ、売上の70%以上を占める大口顧客である中国企業 Sinovel(华锐风电)が、すでに納入してある60億円相当の風力発電装置の代金を踏み倒したと教えてくれました。

さらにSinovel200機ほどの注文残もキャンセルし、その理由が「AMSCに注文しなくても、今後は自分のところで作れるから」だったそうです。Sinovelは風力発電装置の技術を盗むためにAMSCから装置を購入し、技術者に接触していたのです。

事実、Sinovelに買収されたAMSCのエンジニアが数か月後にソフトウェア・コードを売った疑いで逮捕されました。これは当時アメリカではかなり大きな問題になり、オバマ大統領もこの中国企業を強く非難しました。AMSCのCEOもShinovelのことを「Spy novel」だと言って、盛んにテレビニュースなどで中国企業の危険性を訴えていました。

AMSCのその後

Sinovelによる知的財産の侵害は500億円とも900億円とも言われています。しかし7年後の2018年、連邦裁判所はSinovelに65億円相当の罰金を10ヶ月以内に支払うことを言い渡し、Sinovelはそれを承諾しました。Sinovelにとっては65億円で世界第二位(中国では第一位)の風力発電会社になれたのだから、安い買い物だったのではないでしょうか。

AMSCは今でも存続していますが、Sinovelと共に風力発電業界のマイクロソフトになる夢は消えてしまったようです。

AMSCに勤めていた友人はレイオフになってしまいました。AMSCの株価はその後も下落し二束三文になってしまったため、ストックオプションは行使できなかったに違いありません。

もしこの事件が明るみに出るのが数日遅かったら、きっと僕はAMSCに転職していて、友人と共にレイオフになっていたことと思います。中国企業による知的財産権侵害に関するニュースを聞くたびにそれを思い出し、今でも身震いがしてきます。

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