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アジャイルや機械学習、リーンシックスシグマなど、日々の仕事の中で見て聞いて感じた事を書き留めています。

IoTとベテランの勘

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勤め先の近くにあるYMCAは朝5時から開いているので、僕は毎朝5時にYMCAに行き、45分間くらい運動(ジョギングや水泳、自転車など)をし、15分間くらいジャクジー(ジェットバス)に浸かり、それから出勤しています。そしてまだ誰もいない職場に朝6時半に着いて仕事を始めています(もっとも夕方四時半頃には退社しますが)。もうかれこれそんな生活パターンが20年程続いています。

早朝のYMCAには特別な雰囲気があります。来ている人達は毎朝同じで、同じ人達が同じロッカーを使い、同じ運動をしています。そして年寄りが多いことです(健康保険の種類によってはYMCAのメンバー費が無料になるため)。そんなこともあり、20年も同じ時間に通っていると、大抵の人とは顔見知りになります、職員も含めて。

先日、ジャクジーに一人で浸かっていると、いつものように設備保全担当のおじさん職員が、いつもの時間にいつものような"しかめっ面"をして見回りに来ました。でもその日の"しかめっ面"はいつもより酷いだけではなく、おじさん職員はブツブツと何か呟いていました。

そこで僕はジャグジーから首を出し、「さっきから何をブツブツ言ってるの?」と聞いてみると、「変な音がする。どこかのモーターの調子が悪いのかもしれない。あんたには聞こえないか?」と言うのです。

ジャグジーのジェット水流の轟音の中にいる僕には、そんな繊細な音が聞こえるわけはないし、そもそもYMCAにはジェット水流のモーターだけではなく、空調のモーター、プール水の循環用モーターなどが音を立て、さらにジムからはダンベルを落とす音、クラスからは音楽が漏れてきます。

「あんたには聞こえないか?」と聞かれたので、「聞こえるわけがない、ジャグジーの中だよ。ところで、ベテランの研ぎ澄まされた勘も良いけど、iPhoneとかスマートフォンを持っているのなら、FFTスペクトラムアナライザーでも使えば?」と言ったところ、「FFT??何だそれは」と言ったきり、また"しかめっ面"をしてブツブツ言いながら行ってしまいました。

FFTスペクトラムアナライザーはご存じの通り、入力信号(電流、電圧、音など)を周波数成分に分解して、周波数成分ごとにその値とレベルを表示してくれる装置です。FFTスペクトラムアナライザーは昔は大きく、また高価な装置でしたが、今では随分と小さくなり、音だけのFFTならスマートフォンの無料アプリになっています(スマートフォンのマイクから拾った音を周波数成分に分解して表示してくれる)。

iPhoneが生まれ、このFFTアプリが使えるようになってからは、製造現場の仕事は大きく変わりました。

今でももちろんそうなのですが、特に昔はベテランの現場職員は工場の「音」で大抵のことが分かってしまいました。工場に一歩足を踏み入れた瞬間、聞こえる音のピッチやテンポで、設備が問題なく動いているのか、計画通りに生産できているのか、などが瞬時に分かってしまいました(さらに現場の匂いでも設備装置の故障が分かった)。そしてベテラン職員が何かの異変を"感じる"と、僕らエンジニアが呼ばれてトラブルシューティングに当たっていました。

現場に呼ばれたところで、僕らは毎日そこにいるわけではないので「変な音が聞こえるだろ?」と言われても、何が変なのかが全く分かりませんでした。そこでスマートフォンを設備装置にかざして、FFTが表示する周波数レベルを見ながら、「ああ、確かにこの装置のこの場所から、不思議な音(周波数成分)が出ていますね。ほらね」とスマートフォンを見せながら、ピンポイントで問題の個所を言い当てたりしました。その度に現場の職員達は「ほー、それは凄い」と驚いてくれました。

そんなことあり、今ではほとんどの現場職員のスマートフォンにはFFTアプリが入っており、僕らエンジニアが呼ばれる機会はすっかり減ってしまいました。今思えば、IoTの流れはこの頃から始まっていたのかもしれません。

(参考: IoTやAIが進むと職を失う人が増えるのではないか、という議論がありますが、確かに僕が現場に行く機会が減ったことを考えれば、その懸念は正しいのかもしれません。YMCAの設備保全のおじさん職員危うし)

さらに今ではモーター制御装置やモーター、ギヤにはIoT機能が組み込まれ、スマートフォンFFTアプリを取り出す前に、異変を知らせてくれるようになりました。ベテランの勘やスマートフォンのFFTアプリに頼らずに、設備装置の異変が分かる時代になったのです。技術進歩の速さには本当に驚かされます(YMCAは遅れているけど)。

ここまで書き、ふと25年ほど前のことを思い出しました。ある印刷機メーカーに呼ばれ、印刷機を動かすモーターの制御ゲインのチューニングを依頼された時のことです。

印刷機メーカーの機械担当ベテランエンジニアは、無数にあるギアボックスに医者が使う聴診器を当てて、バックラッシュの音を聞き分けていました。そしてその聴診器を僕に渡し、「聞いてみろ、バックラッシュの音が聞こえるだろ」と言ったのです。正直に言って、僕には音の違いが全然分かりませんでした。そのため僕はオシロスコープを使ってモーター制御装置のゲインを最適に調整したことろ、ベテラン機械エンジニアは聴診器をギアボックスに当てながら「そんなチューニングではだめだ」と言い放ちました。

そこで彼が聴診器で音を聞きながら手でサインを送り、僕はそのサインに従いながら積分ゲイン、比例ゲイン、微分ゲイン、フィルターゲインなどを調整するという、なんとも不思議なアナログ的な仕事をしました。オシロスコープの波形は滅茶苦茶になりましたが、ベテラン機械エンジニアは大変満足してくれました。こんな仕事も今となってはとても良い思い出です。

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