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アジャイルや機械学習、リーンシックスシグマなど、日々の仕事の中で見て聞いて感じた事を書き留めています。

ヒップホップとスクラムマスター

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チーム・アーモンドバター

SAFe(Scaled Agile Framework)のトレーニングをシカゴで受けた時のことです。4日間の SPC(SAFe Program Consultant)トレーニングの第一日目が始まろうとしていた時、まだお互いをあまり知らない参加者たち24人は5つのテーブルに分かれて座り、少し緊張した面持ちでインストラクターがトレーニングを開始するのを静かに待っていました。

まさにその時、いきなりドアが勢いよく開き、慌てて教室に駆け込んできた一人の参加者がいました。緊張した空気を物ともせず、大声で「間に合った」と言いながら空いている席を探し、事も有ろうにたまたま空いていた僕の隣の椅子にドカッと腰を下ろしました。

彼を見ながら「まいったな」と心の中で舌打ちしました。というのも、シカゴ・カブスの帽子を斜めに被り、あちこちに入れ墨やピアスがあるアフリカ系アメリカ人の彼は、見るからにヒップホップを地で行くタイプだったからです。SAFe コンサルタントを目指す参加者たちの中で、彼の存在は異様でした。

それでも一応「ハイ」と挨拶してみたところ、低い声で「ヨウヨウ」と返事が返ってきたので、「ああ、やっぱりこの手のノリの人か」と、これからの4日間を思い、少し暗い気持ちになりました。それに、きっとここまで走って来たのでしょう、彼と握手した僕の手は彼の汗でベトベトになってしまいました。

すると彼は急にバックの中をゴソゴソと何かを探し始めたので、きっとノートとペンでも準備するのだろうと思って見ていたところ、何とアーモンドバターの瓶とプリッツェルの袋を机の上にデンと置き、プリッツェルにアーモンドバターをたっぷりと付けながら、むしゃむしゃと食べ始めました。「まだ朝飯食ってないんだよ」と言いながら、僕にもプリッツェルを「食う?」と勧めてくれました。

隣のテーブルには綺麗なお姉さんがいました。「テーブルを移るのは今しかない」と焦っていたところ、インストラクターから「それぞれのテーブルのチーム名を決め、チーム名簿と一緒にポスターを作るように」と指示が出ました。すると彼はアーモンドバターの瓶を手にしながら、「チーム名はアーモンドバターでいい?」と聞くや否や、テーブルに座る他の4人の返事を待つか待たないかの間に、大きな紙にこれまたヒップホップ調の落書き(グラフィティ)風に、見事なポスターをあっという間に作ってしまいました。綺麗なお姉さんのいるテーブルに移ることも忘れ、彼の才能にあっけにとられてしまいました。

アルバイト警備員だった彼

休み時間に、今何をしているのかを彼に聞いてみました。すると彼はあの世界最大のスーパーマーケットチェーンであるウォルマートのソフトウェア開発部門でスクラムマスターをしているとのことでした。彼は以前、その建物の中で警備員のアルバイトをしていて、いつも休憩所にやってくるソフトウェア・エンジニアやマネージャー達と仲良くなり、マネージャーからの誘いもあったことから、スクラムマスターとしてウォルマートに正式採用されたというのです。

このたった4日間で 2,600 ドルもするトレーニング費を快く出してくれたのも、そのマネージャーだと言っていました。「へー、そんなこともあるんだね」と相槌を打ちながら、あまりにも意外な彼の話の展開に、時間が過ぎるのを忘れてしまいました。

「チームはファミリー、連中は俺のブラザーだぜ」

スクラムマスターになってから丸5年が経つ彼は、スクラムマスターは彼の天職だと言っていました。

「俺はブラザー達のためなら会社とだって戦うぜ」「ブラザー達を家に招いては飯を一緒に食っているぜ」「俺たちはファミリーだからな」「もちろんヤルべきことはきっちりやってるよ」と、まるでストリート・ギャングみたいな言葉が彼の口から次から次へと出てきました。

SAFe のトレーニングはロールプレーイングゲームや議論があったりと、どれも能動的です。特にこの SPC トレーニングはそうでした。そんなトレーニングにあって、彼はとてもユニークに振舞っていました。

トレーニング参加者が議論に白熱しているとき、彼はイヤホンで音楽(ヒップホップ?)を聞いていて、ほとんど議論には参加しません。でも議論が行き詰ってくると、いつの間にか会話に潜り込んでいて、違う視点から議論を再び盛り上げたり、さらには結論をまとめ上げたりするのでした。大きな紙を使ってプレゼンテーションする時などは、面倒くさいところはたいてい彼が引き受けました。

そんなことが何度か続くうち、僕だけでなく、他のトレーニング参加者の彼を見る目が少しずつ変わってきたことを感じました。SAFe は、リーダーは召使い(サーバント・リーダー)であるべき、と教えますが、もしかしたら彼は頭の切れるサーバント・リーダーだったのかもしれません。

彼は、うちの会社の、あの気取っていて、いつもアジャイルの方法論ばかり語っているスクラムマスターとは大違いです。全然違います。あのお高く留まったうちのスクラムマスターと一緒に仕事をしたいとは思ったことは一度もありませんが、このヒップホップのスクラムマスターとなら一緒に仕事をしてみても良いな、と思ったほどです。

彼によれば、彼のチーム(ファミリー?)はウォルマートの中でも最高の成績を収めているそうです。そのため彼の上司も SPC 候補として彼をこのトレーニングに送り出してくれたとか。彼も立派ですが、元アルバイト警備員にその才能 - スクラムマスターの本質 - を見出した彼の上司の"人を見る目"は素晴らしいものがあります。一方、彼の風貌だけを見て、隣のテーブルに移りたいと思った自分が恥ずかしくなりました。

アメリカンドリーム

アメリカンドリームは死んだと言われて久しくなりますが、彼の話を聞いていて、まだまだアメリカは捨てたものではないなと思いました。

想像するに彼の学歴も、それまでの経歴も、決して人に自慢できるものではなかったでしょう。また警備員の頃はそれなりに貧しかったのではないでしょうか。でも今ではチームの仲間(ブラザー?)を自宅に招いて食事を振る舞うようになったのです。チャンスが与えられ、チャンスを活かせる土壌 - アメリカンドリーム ー がまだここには残っていたようです。

最後に、彼のおかげで4日間の SPC トレーニングはとても楽しいものになったということだけは付け加えておきます。

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