医療からウェールビーイングへの進化に気づいてますか?
Well-being(ウェールビーイング)とは「健康で、幸せで、豊かな状態」。はたしてそんな究極の状態を、医療がどう実現するのか。若者のダボス会議と呼ばれるワン・ヤング・ワールド(OYW)「Tokyo Caucus 2020」では、専門セッションが開催されました。
メンタルヘルスはタブーでない
冒頭のスピーチは、ヤンセンファーマ株式会社 取締役CFO 経営企画本部本部長 事業開発本部 本部長 加藤ゆう里氏。ジョンソン・エンド・ジョンソングループの医薬品部門を率いながら、女性のリーダーシップグループも統括するか加藤氏は、「"インクルーシブネス"は社会的課題。ただし必要なのは、一人ひとりが‟所属していればよい"だけではない、人間としての基本的なニーズに応える取り組み」と明言。コロナ禍が近年のメンタルヘルス悪化トレンドを加速させ、自らの命を絶つ人も昨年比15%増という、喫緊のウェールビーイング危機を止めなければならない、と訴えます。
「風邪と同じように、心の病を捉えていますか。自分の休暇申請の理由として、パニック症候群や鬱などを風邪と同じように話せますか?」と問いかけ、「違和感があればそこに、メンタルヘルスを語ることを恥ずかしいと思う認識、スティグマがある」と指摘。
一例として、精神科患者の半数がかかるという統合失調症(スキゾフレニアschizophrenia)を紹介。入院期間は532日とあらゆる病の中で最も長く、罹患者はその家族を含めて社会から断絶されがちなのが現実。その現状を直視し「必要なのは理解です。世の中をより良く変えるために、手に手を取って互いに支え合えるために、誓いを立て行動しよう」と加藤氏は訴えます。
取り組みのひとつとしてヤンセンファーマでは、東京ヴェルディ株式会社と『ともに未来へ Green Heart Project』SDGsパートナー契約を締結。さまざまな事情から"こころの病"と向き合う人を、医薬品だけではなくスポーツの力でもサポートし、就労支援や社会復帰支援を行っています。
「人、一人ひとりの弱さを受け止めること、それがインクルーシブネス。そこには人を受け入れる文化が必要です。未来のリーダーとともに、より良い明日を創っていきましょう」と呼びかけました。
「病を定義しないで!ヒューマンドリブンへの転換」
パネルディスカッションの司会進行は、日本医療政策機構(HGPI)理事・事務局長/CEO 乗竹 亮治氏。市民主体の医療政策実現を目指す、非営利・独立・超党派の民間シンクタンクHGPIを率いています。パネリストにヤンセンファーマ株式会社 研究開発本部 クリニカルサイエンス統括部 臨床開発部 中枢疾患領域 アソシエイトディレクター 薬学博士 渡辺 小百合氏、Ubie株式会社 代表(エンジニア)の久保 恒太氏、東京大学医学系研究科 国際保健政策学 リサーチフェロー 須貝 (喜多) 眞彩氏を迎えました。
日本医療政策機構(HGPI)理事
OYWのパネルディスカッションの面白さは、絶妙に多様な人材が集い、目線を同じ高さに合わせながら同時に、一緒にどんどん視座を上げる点にあります。
まずファシリテーターの乗竹氏が、冒頭スピーチで加藤氏が示唆した、「医師が診断する疾患(ディジーズ)と言う言葉を選ばず、自分が感じる病(イルネス)に目を向けること」「インクルーシブは医薬や医療上の要件定義を超えて、文化を形成することが必要」を焦点にします。
すると須貝氏はさらに、前 外務省 国際保健政策室ならびにODA評価室勤務 外交官、孫正義育英財団 正財団生、ビル&メリンダ・ゲイツ財団パートナー、WHO(世界保健機関)コンサルタントや、世界経済フォーラム(WEF) グローバルシェイパーといった多様な経験をもとに、医療現場から世界へと視野を広げます。「グローバルヘルスの促進には社会科学を持ち込む必要がある。政治、経済、社会学などなどの学問だけでなく、ミュージシャン、シンガーなど、さまざまな人の力が横のつながりを持ち、組み合わさることで社会は変わる」と強調しました。
コロナ下の医療現場で起きる変化として、医療機関向けの業務効率化サービス「AI問診ユビー」ならびに、生活者向け「AI受診相談ユビー」を提供するUbieの久保氏が、ベンチャー企業から見えるすばやい変化を共有。個人ユーザーのアプリケーション利用が大きく伸張。医療機関も、対面診察の前にAI診断を活用するようになった、とテクノロジーの医療活用が進んでいる現状を述べました。
コロナ鬱が増加する中、「ウェールビーイングを再定義する時では」という問いかけに対し、須貝氏は「定義を考えることは、答えにはならない」「健康、ウェールビーイングとは形にはめられないもの。認識すること、から始まる」と鋭く指摘します。
超高齢化社会の日本では、まず衣食住などの基本的な人としてのニーズを大切にすることが必要。しかしそれも、一人ひとり価値観が違う。だからこそ、現在の医療体制のユーザー、高齢者層とは異なる若い人が声を上げないと変化は起きない、と須貝氏は提言。「患者への医療の提供という考えではなく、人間中心、ヒューマンドリブンであるべき」と述べました。
深刻化するメンタルヘルスへの対応については、症状診断や医療現場へのテクノロジー活用に期待が高まります。ヤンセンファーマ 渡辺氏は、すべての人が当然もっている通常の生活を送る権利、ノーマライゼーションの推進を強調。統合失調症の場合、薬を飲むことを拒否され治療が進まないことが多くあります。しかし、あるがん患者は、臨死に向かい投薬を受け入れたことで、他界する前に家族とはっきりと言葉を交わすことができた、という事例を話し、一同深くうなずきました。「医薬、医療は日々の生活のためにあるべき」という研究者の言葉が心に響きました。
ウェールビーイングの第一歩は、一人ひとりの人権が大切にされるケア。そのためには、さまざまな病への理解促進が必要。高齢化社会の中で増える痴呆も、防止を超えて共存の道を開く必要があります。
健康を定義しないことこそが、健全な答え。ダイバーシティにはジェンダーや人種だけでなく、身体や心の状況、コンディションもある。
ウェールビーイングは人類の根本。テクノロジーを恐れず、心あるリーダーシップを育めばインクルーシブを実現できる、世界は変えられる。多様な視点で医療を見つめる登壇者一人ひとりから、力強いメッセージが投げかけられました。