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「誰かが教えてくれることを信じるのではなく、自分で考えて行動する」ためには、矛盾だらけの「現実」をありのままに把握することから始めるリアリスト思考が欠かせません。「考える・書く力」の研修を手がける開米瑞浩が、現実の社会問題を相手にリアリスト思考を実践してゆくブログです。

原子力論考(112)過激になった人は、後から引けなくなってしまう

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こんにちは。本職では社会人の「わかりやすく書く力」向上トレーニングを手がけている開米瑞浩です。

東日本大震災から3年が経過しましたが、相変わらずデマッターははびこっています。11日に放送された報道ステーションもいまだにひどい内容だったようですね。

なぜこういうことが起こるのか。その理由のひとつに気づかされる記事がありましたのでご紹介します。

↓福島・南相馬、復興の動きを聞く【原発事故3年】 : 石井孝明 ジャーナリスト
http://agora-web.jp/archives/1585709.html

--放射能への恐怖は人々に、残っているのでしょうか。

多くの人は落ち着いています。ただ除染すれば問題ないだろうという人の考えがエスカレートすることはあまりありません。私もそうです。しかし危険だと思ってしまうと、その方向で主張が過激になってしまう面があります。

そして過激になった人は、後から引けなくなってしまうのです。「放射能災害に苦しんだ南相馬の住民」は、福島が危険なんだと主張したい人にとっては、都合の良い貴重な存在になるわけです。そうした人につれられ、県外の講演会とか招待され、メディアやYouTubeに出てスポットライトを浴びると、過激なことを言い続ける状況に追い込まれてしまうのです。


「過激になった人は、後から引けなくなってしまう」・・・この現象、全共闘時代の学生運動と、その残党が流れ込んだ市民運動の行き着く先に見られる典型的なものなんです。

実際、私も予想していました。

原子力論考(43)善意の活動家が陥る承認欲求の罠
http://blogs.bizmakoto.jp/kaimai_mizuhiro/entry/4535.html
"だいたいにおいてこの種の活動にハマるのは、「承認欲求が満たされていない」人です。自分が普段、「正当に評価されていない」と感じているからこそ、「おおっぴらに他人を叩ける機会」に飛びつき、それを人にも広めることで「自分の言葉で他人の行動をコントロールする快感」に酔いつつ、それを「感謝・賞賛」もされる、という実に居心地のいいポジションを手に入れようとするわけです"

2011/4/25に糸井重里氏がtwitterで書いていたことも今一度思い起こしておきたいものです。

原子力論考(32)信頼のおける発言者を見分ける糸井メソッド
http://blogs.bizmakoto.jp/kaimai_mizuhiro/entry/3799.html
"ぼくは、じぶんが参考にする意見としては、「よりスキャンダラスでないほう」を選びます。「より脅かしてないほう」を選びます。「より正義を語らないほう」を選びます。「より失礼でないほう」を選びます。そして「よりユーモアのあるほう」を選びます。" (by 糸井重里)


「過激化」というのは、善意を元にした市民運動の行き着く先に見られる非常に典型的な現象ですので、もし身近にそのような人がいるようなら、注意深く話をしてみてください。

↓関連情報

原子力論考(16)無限・無期型ストレスとの付き合い方(中編)
http://blogs.bizmakoto.jp/kaimai_mizuhiro/entry/3027.html

原子力論考(60)大衆扇動をしたい人々にとっては深刻な事故のほうが都合がいい(コミュニティ・シリーズ4)
http://blogs.bizmakoto.jp/kaimai_mizuhiro/entry/4909.html

原子力論考(61)「危険煽り」の嘘がばれそうになると何が起こるか(コミュニティ・シリーズ5)
http://blogs.bizmakoto.jp/kaimai_mizuhiro/entry/4929.html

原子力論考(84)オオカミ少年は悲劇を望むようになる
http://blogs.bizmakoto.jp/kaimai_mizuhiro/entry/7597.html

■開米の原子力論考一覧ページを用意しました。
→原子力論考 一覧ページ

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