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「誰かが教えてくれることを信じるのではなく、自分で考えて行動する」ためには、矛盾だらけの「現実」をありのままに把握することから始めるリアリスト思考が欠かせません。「考える・書く力」の研修を手がける開米瑞浩が、現実の社会問題を相手にリアリスト思考を実践してゆくブログです。

めんどくさくない協調性と、めんどくさいことを厭わぬ協調性

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こんにちは。文書作成能力向上研修を手がける開米です。

先日、ある飲み会にてこんな話題が出ました。

開米:Sさんはもともと独立しようと思っていたんですか?
S氏:思ってましたね
開米:そう考えるようになったきっかけとか理由とかあります?
S氏:1つあげるなら、協調性がなかったから、ですね
開米:えーっ!! 本当にそれが理由?
S氏:本当ですよ

思わずコーヒーを吹き・・・こそしなかったものの、意外な答えだったので驚きました。
独立を考えた理由、というと、

やりたいことがあった。会社の中ではできないことだった。
好きなことを仕事にしていきたかった。
のようなものを聞くことが多いのに、協調性がないから独立志向、とはまた、「お前は何を言っているんだ人間としてダメな奴だなそんなんで独立したってやっていけるわけがない考え直せ」、とかなんとかありがたい説教がどこかから飛んできそうです。

とはいえ。でも。しかし。

実際のところ、これってかなり多いんじゃないかと思いますが、どうでしょう? それで成功するかどうかは別にして。

というのは、実は私もそうなんです。自慢じゃないですが今まで「協調性」があると言われたことはありません。逆ならよく言われます(^^ゞ。

だもので、Sさんの返事を聞いたとき、「ああ、そうか。そういう発想で独立志向したっていいんだなあ・・・」と、しみじみ思ってしまいました。

ただ、「協調性」といっても場面によって違う性質を指して使われるので、区別はしておきたいです。

これに関してちょっと面白かった記事を2つ紹介しましょう。

■記事A
"「会社って要するに、体育会の部活なんですね!」:日経ビジネスオンライン"
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130329/245846/?P=1
「体育会出身のやつらは「めんどくさくない」んだよね!!」

■記事B
"「協調性」を最重要視する世界各国、重視しない日本:日経ビジネスオンライン"
http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20121004/237661/?P=5&mds
「利害の対立した者同士が、おだやかに問題を解決しようとする姿勢」

両方とも日経ビジネスオンラインですが、会員登録(無料)していないと全文は読めないと思います。すいません。興味のある方は登録してお読みください。

実はこのA、Bの中に2種類の異なる「協調性」を象徴するフレーズがあると思えたので、上記リンクの下に引用しておきました。

それは、記事Aでは「体育会出身のやつらは「めんどくさくない」んだよね!!」というもの。 つまり・・・たとえば、先輩の言うことには基本的に無条件で従う、という種類の行動特性です。「協調性」という言葉がこのイメージで使われる場合も確かにあります。基本的に上下関係のある場での協調性ですね。

一方、記事Bのほうの協調性は「利害の対立した者同士が、おだやかに問題を解決しようとする姿勢」という意味です。こっちは上下関係の無い場での話であり、なんとかwin-winな落としどころを探るためのめんどくさい交渉をして、お互いハッピーになりましょう、というそういう姿勢のことです。

スパッと一言でいうなら、

    めんどくさくない協調性
        対
    めんどくさいことを厭わぬ協調性

の違いでしょうか。

こうしてみると私には確かに前者の協調性はないなあ、と思うのですよ。

ところが、日本の社会を構成する小集団(学校、部活、会社等々)は前者の「めんどくさくない協調性」を前提として作られている場合が多々あり、そういう場ではどうしてもこういう人間は異分子であり、居心地が悪く、「めんどくさがられ」やすいようです。

その結果、社長と喧嘩をして独立せざるを得なくなったわけですが・・・・

こういう性格だもんね、しょうが無いよね、と、今はそんなふうに思っています。
世の中にはこういう人間もいたほうがどこかで役に立つのでしょう。

たとえば、ですが、私がもし「めんどくさくない協調性」のある人間だったら、原発事故後3ヶ月しか経ってない時期から原子力論考を書き始めてその第1回で「原子力は向こう100年は必要だ」なんてことは書かなかったことでしょう。

そして、「放射性物質による健康被害なんてどうせ起きないから心配するな」という趣旨の論考を書くこともなかったと思います。

それほど多くはないにしても、このことが役に立った、と言ってくれた人が確かにいるので、まあそれでいいじゃないか、と、今はそう考えています。

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