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憲法改正デマの話(4)難解な法理論をふりかざしても市民は説得できません

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 社会人の文書化能力向上研修を手がけている開米瑞浩です。

 憲法改正デマ解説を3本(その1その2その3)書きましたが、法律の話はなにかと難しいですね。

 そんなわけで、「なにかと難しい」憲法改正論議が社会的に過熱したときに起こるであろう、ある現象を予想してみたいと思います。1年以内に憲法改正が具体的な政治日程に乗ることはないでしょうから、実際に起こるとしてもまだまだ先のことでしょうが、今のうちに書いておくことにします。

【いつ】「憲法改正」を争点として選挙が行われるような状況が来たとき
【誰が】憲法改正に反対したい人々が
【何をする】弁護士や法学者による理論的裏付けをもとに、「自民党は基本的人権を否定しようとしている」という主張を展開して
【結果】多くの国民からは「この人達、なにか小難しいことを言っていて好感が持てない」という反応を招いてしまう

 ざっとこんな現象が起こりそうだなあ、と私は予想しています。というのは、下記チャートのような構造です。




 憲法改正を提唱するグループは、「こんな社会を作りたい」「そのためにこんな法律を作りましょう」という主張をするはずです。そして政治的な活動に興味のない一般市民が、特に予断なくその主張を聞いたときはおおむね「そりゃそうだね(同意)」「別に変なことは言ってないな」という印象を持つことでしょう。(図中の青線)

「基本的人権は侵すことのできない永久の権利である。ただし国民はこれを濫用してはならず、常に公益及び公共の秩序に反してはならない」
 という文言を見て、「なんという改悪か!!」と怒りに燃える普通の市民がいることは想像できません。

え、これ、ごく普通のことを言ってるだけでしょ? 何が悪いの?
 というのが大多数の一般市民の反応と思われます。(図中の赤線)

 そこで、反対者は一般市民に対して「いや、この改正は改悪だ、悪法だ」と説明し納得させなければなりません。
 が、しかし、そのための説明が

「公共の福祉概念についてはかつて激しい議論があり、宮沢俊義により主張された一元的内在制約説が現在の通説である。これは公共の福祉とは人権相互の矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理とするものである。これを公益及び公の秩序に変えようというのは美濃部達吉の一元的外在制約説に戻すことであり、人権制限を容易に肯定される恐れがあるとして否定された考え方なのである」

 というようなものであったら・・・・
 これ、「一般市民」に通じると思いますか?

 通じるわけがないです。
 法律の専門家ならこれで論破できるかもしれませんが、一般市民を納得させるのは無理です。人は論破されても納得はしません。そして、強制力のない場所では人は「納得」に従って行動するものです。

 そこで次に予想される展開は、

「これが憲法学の常識なのだ。これがわからん奴は不勉強だ。勉強してこい」
 という反応です。
 まあ、これがたとえば司法試験受験生とか大学法学部とかの教室の中で、教授が学生に向かって言うならそういう発言も成り立ちますが。一歩教室を出て、一般社会でそういう発言をしたら何が起こるか、というと

何なのこの人、偉そうに・・・

 という反感を呼ぶだけなんです。
 結果、本来「説得」しなければならない相手だった一般市民の反感を買い、支持を失うことになるでしょう。これは政治の問題であって、法学の問題ではないので、肝心の有権者に反感を持たれてしまったらおしまいです。しかし、それがわからないと「学会の通説ではこれが正しいのであって、お前らは間違っている」というような態度を取ってしまいがちです。

 それがいつのことになるかはわかりませんが、憲法改正が具体的な政治課題として浮上して来たときには、きっとこのような展開が起こるであろう、と予想しておきます。
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