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「誰かが教えてくれることを信じるのではなく、自分で考えて行動する」ためには、矛盾だらけの「現実」をありのままに把握することから始めるリアリスト思考が欠かせません。「考える・書く力」の研修を手がける開米瑞浩が、現実の社会問題を相手にリアリスト思考を実践してゆくブログです。

雑記:「コーチング」ビジネスについて思ったこと

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文書化能力向上コンサルタント、開米瑞浩です。

半年ぐらい前に書いた自分用メモですが、読み返していてちょっと思うところがあったので、誠ブログで公開することにしました。

------以下、メモ書きしたときのままの文体で掲載-------

「コーチング」が成立するロジックを俺的に整理するとこうなる。

A 人は誰でも自分で主題を設定することができる
B しかし、人は目先のことに気を取られがちである
C そのため、主題から逸れやすい
D しかし、主題に向かう道を俯瞰的にとらえる能力を持った人がたまにいる
E その能力を持った人は、他人の人生に対して「コーチ」的関与をすることができる

こんな感じね。

このうち、B・C・Eはこのままで正しいと思います。
問題はAとDで、Aについては、

A' 人によっては、自分で主題を設定することができる人もいる

なら正しいと言ってよいかと。これが根本的にできない人にはおそらくコーチングをしても無駄で、少なくとも「できる素質を持っている」という次元にいる人でなければコーチングの対象ではないはず。(ちなみに、よく言われるのが「カウンセリングが必要な人にコーチングをしても効果はない」ということです)

で、A~Cについてはコーチにとってのクライアント側の話です。

それに対してD~Eはコーチ側の話で、Dがコーチに必要な資質を語ってます。

このDが大問題で、確かにDの能力を持った人なら「他人の人生に対してコーチとして関与」できるでしょう。
そこを否定する気はないですが、じゃ、その能力ってどうすれば身につくの? と考えると・・・

実際にDの能力を身につけるにはこんな前提が必要でしょう。

Dの前提1:自分自身でいくつもの問題解決の経験を積む
Dの前提2:さまざまな「問題」に対する人間の行動パターンや「問題」自体の構造についての豊富な「知識」を持つ

で、ここで必要な「知識」量というのはハッキリ言って半端じゃないものだと思うんですよ。

ところが、

「コーチングでは、コーチがどんな専門知識を持っているかはさして重要なことではありません」

というフレーズはその点について誤解を招きやすい。

つまり

「コーチには知識はいらない」

という誤解ですな(笑)
確かにクライアントの専門分野に関する知識はいらないかもしれないが、人間行動に関する知識は豊富に必要なわけです。そして、人間行動に関する知識というのは、人間行動に関する勉強だけしていても身につかないもので、自分自身が特定の専門分野の中で「問題」に苦しんでから「知識」を得ないと、使える知識にはならないはず。

・・・はず、なのに、にもかかわらず、その「コーチに必要な知識・スキル」が、

F コーチング講座に通ってコーチングの勉強をすれば身につく

かのような幻想を抱かせているのが、「コーチング講座」ビジネスの実態じゃないかということです。

それはコーチング・ビジネスじゃなく、コーチング講座幻想ビジネスだろ? と思うわけですよ。

Comment(1)

コメント

上野 博

コーチングのコーチも、一種のコンサルタントなのだと考えます。
コンサルタントの能力として重要なのは、次の二つでしょう。
①特定分野について普遍化され体系化された知識とスキルを持っている。
②それを活用してクライアントに働きかけ、行動を起こす必要性を理解させ、行動に結びつける。
①がコアとなるケイパビリティで、②はそれを活用するケイパビリティ(営業とプロジェクト実施の両面で必要)とも言えます。
一方、コンサルタントにとって、顧客のビジネスや企業に独自・特有の専門知識については必ずしも必要ありません。ただしそれを理解し、①の体系の中で位置づける力は必要です。
「コーチに専門知識が必要ない」というのはこれと同じで、クライアントの個々のビジネスについて詳しく知る必要はないということではないでしょうか。しかし、クライアントが話していることがコーチングの体系のどの局面に位置づけられ、それに対して打ち返すストロークを決めるためには、コーチングそのものの知識とスキルが不可欠です。
その辺の区別が明確でない点が舌足らずのコメントだったのではないかと考えました。

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