「LCC 搭乗中に給油」広がる不安・・・ってホントかいな
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原子力問題でもないし本業とも関係ないのですが、一介のヒコーキ好き一市民としてもちょっと見過ごせなかったので少しツッコミいれときます。
7月29日のmsn産経ニュースに載った記事。
LCC...空の安全は大丈夫? 規制緩和「搭乗中に給油」広がる不安
LCC( Low Cost Career 、格安航空会社)からの要望として、「オンボード給油」つまり旅客在機中の給油を認めるかどうか、という議題が上がっており、これが認められると「空の安全は大丈夫か?」として不安が広がっている、という記事なわけですが、いくつか妙なところがあります。
記事は明らかに「オンボード給油は安全性に不安がある」として否定的な論調で書かれていますが、その理由として挙がっているのが下記6項目。
(1)オンボード給油は、これまで原則禁止で、条件が整えば可能だった
(2)しかし、安全確保を最優先する観点から規則の表現が否定的で、実質的に道を閉ざしていた
(3)ジェット燃料は発熱量が大きく燃えやすい
(4)ジェット燃料に万が一引火した場合、機内に乗客が残っていれば大惨事につながる
(5)米国当局はオンボード給油に関して極めて厳しい
(6)米連邦航空局(FAA)は厳しい条件を課すことでオンボード給油を実質禁止にしていると見られる
これだけ否定的な材料ばかり並べられると、ううむこれは危ないんじゃないの、大丈夫かよ? と思ってしまいそうですが・・・・
私も(3)(4)がなければそう思っていたところですが、どうもおかしいのですよ。
まず、「(3)ジェット燃料は発熱量が大きく燃えやすい」で、「はあ???」と思いました。
ジェット燃料の成分はケロシンと呼ばれる物質で、実質的には灯油です。つまり石油ストーブに使うあの「灯油」です。
ケロシン
たとえば灯油をコップに一杯汲んでそこに火の点いたマッチを落としても、火は消えます。ガソリンなら一瞬で炎上しますが、灯油はそういう意味では「燃えにくい」のです。だから家庭用ストーブに使われるわけで。ジェット燃料というのはその灯油を高品位化し、若干の特性改良剤を加えたもので、それを「燃えやすい」と言うのは変だなあ、と。
だいたい一般的に「発熱量の大きい燃料」は「燃えにくい」ものです。これは、石油の主成分である炭化水素化合物の性質によるもので、ガソリン、灯油、軽油、重油の順に炭素数の多い成分が主体になり、沸点が高く揮発しにくく燃えにくく、ただし燃えたときは発熱量が大きくなります。
かつてレシプロエンジンの時代にはガソリンが使われてましたから、現代の民間機用ジェット燃料(JET-AやJET-A1)はそれに比べれば「発熱量は大きい」ですが「燃えにくい」ので、(3)の情報はどうもおかしい。
こういうふうに一箇所変なところがあると、しかも単純な科学的事実について変な記述があると、記事全体の信憑性が疑われるので、「(4)ジェット燃料に万が一引火した場合、機内に乗客が残っていれば大惨事につながる」についても調べてみました。
すると見つかったのがこういう資料。
Flight Operations Briefing Notes
Ground Handling
Refueling with Passengers On Board
航空機メーカーのエアバス社の「オンボード給油」に関する作業指針として、次のような記述があります。
・給油にともなう人的被害は極めて少ない(Injuries related to refueling are rare)
・ガソリン系燃料のオンボード給油は禁止
・ケロシン系燃料については、適正な手順を守ればオンボード給油が認められる
「給油にともなう人的被害は極めて少ない」・・・ですよ。
理屈から言えばこれはおかしくありません。ケロシンはそもそも引火しにくく、たとえ火が点いてもゆっくり燃えるので、爆発的現象は起こしにくいので、避難する時間が稼げます。一気に巨大な火が上がるような可能性があるのは、たとえば止めた直後の高温のエンジンに向かってスプレーしてしまったようなケースです。しかしその場合も機外で起きるわけですから、たいていボーディングブリッジを通して乗降する現代の旅客機において、乗客の避難経路がふさがれ、退避時間も稼げない、というのは考えにくいんですよねえ・・・
そしてそうこうするうちに見つけたのがこういう資料。
Flight Safety Foundation - Airport operations - March-June 2001
Flight Safety Foundation(FSF) という、航空安全を追及する国際的任意団体(エアバス、ボーイング、ANAなど世界各国の航空関係企業が加盟)がまとめたもので、11年前の発行ですからちょっとデータが古いですがここに1966年~1998年の間の給油中事故のリストが載っています。機体が全損したケースはあっても、これといった人的被害はありません。唯一73年にMD-DC8という機体で給油担当者他1名が重い火傷を負った事故がありますが、このときの燃料はガソリンを含む(つまり発火しやすく爆発的に炎上しやすい)JET-Bというタイプで、現在は民間機ではほとんど使われていません。
というわけで、「(4)ジェット燃料に万が一引火した場合、機内に乗客が残っていれば大惨事につながる」というのも実例が見つからない。
(3)と(4)について否定的な結果が出たとなると、残りの(1)(2)(5)(6)も怪しいですね。
そこで今度は国土交通省の検討会に提出されている資料を見ますと
航空会社の要望と対応状況
No.39 の「対応状況等」欄に次のように書かれています。
● 運航規程等に必要な事項を定めれば、給油を行う場所を管理する者の定める規則に従って、旅客在機中に給油することは可能である。
● 従来より、運航規程等に必要事項を定め、旅客在機中の給油を行っている航空会社も存在する。
● さらに、通達の該当箇所を改正し、明確化した。
つまり、「もともと、今までも可能だった」し、「実際に行っている航空会社もあった」というわけです。
(1)オンボード給油は、これまで原則禁止で、条件が整えば可能だった
(2)しかし、安全確保を最優先する観点から規則の表現が否定的で、実質的に道を閉ざしていた
となると、↑この2項目は(1)は正しく、(2)は間違いということになります。
ここまで、4項目中3項目に間違いまたは信憑性の疑わしい情報が含まれているわけで、ますます怪しい。当然残りの2項目についても疑わしくなります。
(5)米国当局はオンボード給油に関して極めて厳しい
(6)米連邦航空局(FAA)は厳しい条件を課すことでオンボード給油を実質禁止にしていると見られる
↑ですが、この2項目が実際のところどうなっているのかは今のところ私にはわかりません。
しかし、経験上、「~していると見られる」という記者の推定情報が入る記事には注意しなければいけないのは確かです。
ちなみに、6項目の中には挙げませんでしたが、「中小型機の給油にかかる時間は5分程度、その5分のために乗客を危険にさらすのか」という反発がある、という情報が記事中にはありました。ところが、アメリカの航空業界の革命児として有名なサウスウェスト航空は創業当初、着陸から乗客を降ろして機内を清掃、再び乗客を乗せて離陸するまでの折り返し時間を10分程度で運行していたんですよね。その10分の間に給油も入っていたのかどうかはいまいち不明で、また、現在では規制強化があって10分運行は不可能になっているようですが。
何にしても今回のこの記事はいろいろと疑わしい点が多いです。
7月29日のmsn産経ニュースに載った記事。
LCC...空の安全は大丈夫? 規制緩和「搭乗中に給油」広がる不安
LCC( Low Cost Career 、格安航空会社)からの要望として、「オンボード給油」つまり旅客在機中の給油を認めるかどうか、という議題が上がっており、これが認められると「空の安全は大丈夫か?」として不安が広がっている、という記事なわけですが、いくつか妙なところがあります。
記事は明らかに「オンボード給油は安全性に不安がある」として否定的な論調で書かれていますが、その理由として挙がっているのが下記6項目。
(1)オンボード給油は、これまで原則禁止で、条件が整えば可能だった
(2)しかし、安全確保を最優先する観点から規則の表現が否定的で、実質的に道を閉ざしていた
(3)ジェット燃料は発熱量が大きく燃えやすい
(4)ジェット燃料に万が一引火した場合、機内に乗客が残っていれば大惨事につながる
(5)米国当局はオンボード給油に関して極めて厳しい
(6)米連邦航空局(FAA)は厳しい条件を課すことでオンボード給油を実質禁止にしていると見られる
これだけ否定的な材料ばかり並べられると、ううむこれは危ないんじゃないの、大丈夫かよ? と思ってしまいそうですが・・・・
私も(3)(4)がなければそう思っていたところですが、どうもおかしいのですよ。
まず、「(3)ジェット燃料は発熱量が大きく燃えやすい」で、「はあ???」と思いました。
ジェット燃料の成分はケロシンと呼ばれる物質で、実質的には灯油です。つまり石油ストーブに使うあの「灯油」です。
ケロシン
たとえば灯油をコップに一杯汲んでそこに火の点いたマッチを落としても、火は消えます。ガソリンなら一瞬で炎上しますが、灯油はそういう意味では「燃えにくい」のです。だから家庭用ストーブに使われるわけで。ジェット燃料というのはその灯油を高品位化し、若干の特性改良剤を加えたもので、それを「燃えやすい」と言うのは変だなあ、と。
だいたい一般的に「発熱量の大きい燃料」は「燃えにくい」ものです。これは、石油の主成分である炭化水素化合物の性質によるもので、ガソリン、灯油、軽油、重油の順に炭素数の多い成分が主体になり、沸点が高く揮発しにくく燃えにくく、ただし燃えたときは発熱量が大きくなります。
かつてレシプロエンジンの時代にはガソリンが使われてましたから、現代の民間機用ジェット燃料(JET-AやJET-A1)はそれに比べれば「発熱量は大きい」ですが「燃えにくい」ので、(3)の情報はどうもおかしい。
こういうふうに一箇所変なところがあると、しかも単純な科学的事実について変な記述があると、記事全体の信憑性が疑われるので、「(4)ジェット燃料に万が一引火した場合、機内に乗客が残っていれば大惨事につながる」についても調べてみました。
すると見つかったのがこういう資料。
Flight Operations Briefing Notes
Ground Handling
Refueling with Passengers On Board
航空機メーカーのエアバス社の「オンボード給油」に関する作業指針として、次のような記述があります。
・給油にともなう人的被害は極めて少ない(Injuries related to refueling are rare)
・ガソリン系燃料のオンボード給油は禁止
・ケロシン系燃料については、適正な手順を守ればオンボード給油が認められる
「給油にともなう人的被害は極めて少ない」・・・ですよ。
理屈から言えばこれはおかしくありません。ケロシンはそもそも引火しにくく、たとえ火が点いてもゆっくり燃えるので、爆発的現象は起こしにくいので、避難する時間が稼げます。一気に巨大な火が上がるような可能性があるのは、たとえば止めた直後の高温のエンジンに向かってスプレーしてしまったようなケースです。しかしその場合も機外で起きるわけですから、たいていボーディングブリッジを通して乗降する現代の旅客機において、乗客の避難経路がふさがれ、退避時間も稼げない、というのは考えにくいんですよねえ・・・
そしてそうこうするうちに見つけたのがこういう資料。
Flight Safety Foundation - Airport operations - March-June 2001
Flight Safety Foundation(FSF) という、航空安全を追及する国際的任意団体(エアバス、ボーイング、ANAなど世界各国の航空関係企業が加盟)がまとめたもので、11年前の発行ですからちょっとデータが古いですがここに1966年~1998年の間の給油中事故のリストが載っています。機体が全損したケースはあっても、これといった人的被害はありません。唯一73年にMD-DC8という機体で給油担当者他1名が重い火傷を負った事故がありますが、このときの燃料はガソリンを含む(つまり発火しやすく爆発的に炎上しやすい)JET-Bというタイプで、現在は民間機ではほとんど使われていません。
というわけで、「(4)ジェット燃料に万が一引火した場合、機内に乗客が残っていれば大惨事につながる」というのも実例が見つからない。
(3)と(4)について否定的な結果が出たとなると、残りの(1)(2)(5)(6)も怪しいですね。
そこで今度は国土交通省の検討会に提出されている資料を見ますと
航空会社の要望と対応状況
No.39 の「対応状況等」欄に次のように書かれています。
● 運航規程等に必要な事項を定めれば、給油を行う場所を管理する者の定める規則に従って、旅客在機中に給油することは可能である。
● 従来より、運航規程等に必要事項を定め、旅客在機中の給油を行っている航空会社も存在する。
● さらに、通達の該当箇所を改正し、明確化した。
つまり、「もともと、今までも可能だった」し、「実際に行っている航空会社もあった」というわけです。
(1)オンボード給油は、これまで原則禁止で、条件が整えば可能だった
(2)しかし、安全確保を最優先する観点から規則の表現が否定的で、実質的に道を閉ざしていた
となると、↑この2項目は(1)は正しく、(2)は間違いということになります。
ここまで、4項目中3項目に間違いまたは信憑性の疑わしい情報が含まれているわけで、ますます怪しい。当然残りの2項目についても疑わしくなります。
(5)米国当局はオンボード給油に関して極めて厳しい
(6)米連邦航空局(FAA)は厳しい条件を課すことでオンボード給油を実質禁止にしていると見られる
↑ですが、この2項目が実際のところどうなっているのかは今のところ私にはわかりません。
しかし、経験上、「~していると見られる」という記者の推定情報が入る記事には注意しなければいけないのは確かです。
ちなみに、6項目の中には挙げませんでしたが、「中小型機の給油にかかる時間は5分程度、その5分のために乗客を危険にさらすのか」という反発がある、という情報が記事中にはありました。ところが、アメリカの航空業界の革命児として有名なサウスウェスト航空は創業当初、着陸から乗客を降ろして機内を清掃、再び乗客を乗せて離陸するまでの折り返し時間を10分程度で運行していたんですよね。その10分の間に給油も入っていたのかどうかはいまいち不明で、また、現在では規制強化があって10分運行は不可能になっているようですが。
何にしても今回のこの記事はいろいろと疑わしい点が多いです。
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