オルタナティブ・ブログ > ITソリューション塾 >

最新ITトレンドとビジネス戦略をわかりやすくお伝えします!

テクノロジーのもたらす変化の表層と深層:「見えるテクノロジー」に目を奪われ、本質的な変化を見逃してはいないだろうか?

»

「見える」テクノロジーの罠を超え、事業の根幹を問い直す

多くの企業が鳴り物入りで始めたDXプロジェクトは頓挫し、AI導入は費用対効果の低い「PoC貧乏」に陥っています。その根本原因はどこにあるのでしょうか。それは、テクノロジーを現状業務の延長線上にある「便利な道具」として捉え、その表面的な機能、つまり「見える」部分にばかり注目してしまうからです。しかし、真の変革は、その奥にある「見えない」変化、すなわち事業の根幹そのものを問い直すことから始まります。

常態化した「不確実性」と"改善"の限界

i01030101.gif

通商白書2025・経済産業省

現代のビジネス環境を象徴するのが、「経済政策不確実性指数(EPU)」の歴史的な高止まりです。これは、経済政策の先行きに対する不透明さを、新聞記事などのテキストデータから定量化した指標です。パンデミック、地政学的リスク、世界的なインフレといった未曾有の変動を経て、もはや「不確実性」は一時的なリスクではなく、事業を取り巻く「常態」となりました。

このような時代では、既存のプロセスを少し効率化するような「改善」をいくら積み重ねても、環境の破壊的な変化には対応できません。コロンビア大学のリタ・マグレィスが言う「ハイパー・コンペティション」とは、まさにこのような状況を指します。これは、従来のコスト、品質、ブランディングといった競争優位性があっという間に模倣・陳腐化され、持続的な優位性を保つことが極めて困難になった状態のことです。市場の境界は曖昧になり、競合が次々と予測不能な形で現れるため、競争のルール自体が絶えず書き換えられ、事業の継続すら困難になります。

DC.png

求められるのは、小手先の対応ではありません。カリフォルニア大学のデビッド・ティースが提唱する「ダイナミック・ケイパビリティ」とは、まさにこのような激動の環境を乗り切るための経営能力です。これは、単に既存の業務を効率的にこなす「通常能力(Ordinary Capabilities)」とは異なり、企業そのものを環境変化に適応させ、持続的な競争優位性を再構築する能力を指します。具体的には、以下の3つの要素から構成されます。

  • 感知(Sensing): 市場や技術の変化、新たな脅威や機会をいち早く察知する能力。

  • 捕捉(Seizing): 感知した機会を捉えるために、既存の資源や知識、技術を再編成し、新たなビジネスモデルや製品・サービスを迅速に構築する能力。

  • 変革(Transforming): 競争優位を維持するために、組織全体を継続的に刷新し、自己変革を続ける能力。

これらを通じて、企業は常に自らを創り変え続けることが求められるのです。

真に見るべきはテクノロジーの「奥」にある前提の変化

このダイナミック・ケイパビリティを実現する上で、テクノロジーは不可欠な役割を果たします。しかし、ここでも「見える」部分に囚われてはいけません。コンテナやマイクロサービスといった技術は、かつてDXを支える重要な要素でしたが、今や「当たり前」の基盤となりました。

いま私たちが直面しているのは、その基盤の上で起きている、より本質的なパラダインシフトです。それは「AIネイティブ」への移行であり、その核心は、IoT-AI-クラウドが三位一体となったデータドリブンなビジネス基盤が、事業運営の新たな「OS」になるという現実です。

  • IoTがあらゆる現場をデータ化し、

  • クラウドがその膨大なデータを処理する神経系となり、

  • AIがデータから知性を紡ぎ出し、意思決定と実行を担う頭脳となる。

この神経系と頭脳が一体となった有機的な経営基盤を構築することこそ、現代の企業が取り組むべき本質的な課題です。例えば製造業では、工場中のセンサーが設備の稼働状況をリアルタイムでクラウドに送り、AIが予知保全の最適タイミングを判断して自律的に部品を発注します。これが『有機的な経営基盤』が機能している状態なのです。

生成AIは「道具」ではなく「事業環境」そのものである

特に、生成AIやAIエージェントの登場は、この変化を決定的なものにしました。多くの企業は今、「AIでどう生産性を上げるか」という「改善」の問いに夢中です。コード生成の自動化、マーケティングコンテンツの作成、問い合わせ対応の効率化は確かに重要ですが、言うなれば蒸気機関の時代に『より速く走れる馬』を求めるようなもので、あまりにも表層的です。

真に問うべきは、「AIによって知的労働の価値が根底から変わる世界で、自社の存在意義は何か?」という「変革」の問いです。

  • 改善の視点: 「AIを使って、ソフトウェア開発のコストを30%削減できないか?」

  • 変革の視点: 「AIエージェントが自律的に開発・運用を行う未来で、人間のエンジニアが提供すべき独自の価値は何か?我々の開発組織はどうあるべきか?」

AIを「導入する道具」と見るか、「自社が適応すべき新しい環境」と見るか。この視点の違いが、企業の未来を決定的に分けます。

あなたの会社は、未来の顧客から選ばれるか?

少し立ち止まって考えてみてください。この本質的な変化を見誤っている企業には、次のような深刻な"現象"が現れ始めていますが、あなたの会社ではいかがでしょうか。

  1. 優秀な人材が去っていく: 彼らは「改善」の道具を使わされるのではなく、「変革」の主体でありたいのです。

  2. 長年の顧客が離れていく: 顧客は、旧来のやり方を効率化してくれるパートナーではなく、新しい世界を共に創造してくれるパートナーを求めています。

  3. 未来についての相談が来なくなる: AIが前提となった世界の戦略を描けない企業は、もはや未来のパートナーとして選ばれません。

かつてコンテナを仮想化の代替としか見なかった企業が潮流から消えたように、今、生成AIを単なる効率化ツールとしか見ない企業は、その存在価値を急速に失うでしょう。

未来を描くための、今日からの問い

したがって、私たちが今、自問すべきは「AIで何ができるか」という改善の問いではありません。「AIが前提となった世界で、自社の存在意義は何か?」そして「その価値を提供し続けるために、私たちはどう変わなくてはならないのか?」という、事業の根幹を揺さぶる変革の問いです。

「自分たちの事業モデルを、自らの手でどう作り変えるのか?」

この問いへの答えを導き出し、未来へのシナリオを描くべきです。まずは経営層がAIによって自社の事業の前提がどう覆されるかを議論する場を設ける、あるいは、たった一つの業務でもいいから『変革』の視点でAI活用の実験を始めてみるなど、今日から具体的な行動を起こすべきです。

変化のスピードは、私たちの想像を絶します。世の中が完全に変わってからでは、もう手遅れなのです。

「システムインテグレーション革命」出版!

AI前提の世の中になろうとしている今、SIビジネスもまたAI前提に舵を切らなくてはなりません。しかし、どこに向かって、どのように舵を切ればいいのでしょうか。

本書は、「システムインテグレーション崩壊」、「システムインテグレーション再生の戦略」に続く第三弾としてとして。AIの大波を乗り越えるシナリオを描いています。是非、手に取ってご覧下さい

【図解】これ1枚でわかる最新ITトレンド・改訂第5版

生成AIを使えば、業務の効率爆上がり?
このソフトウェアを導入すれば、DXができる?
・・・そんな都合のいい「魔法の杖」はありません。

=> Amazon はこちらから

神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO

IMG_5897.jpeg

八ヶ岳南麓・山梨県北杜市大泉町、標高1000mの広葉樹の森の中にコワーキングプレイスがオープンしました。WiFiや電源、文房具類など、働くための機材や備品、お茶やコーヒー、お茶菓子などを用意してお待ちしています。

8MATOのご紹介は、こちらをご覧下さい。

Comment(0)