リスキリングの本来の意味と役割

» 2025/03/18

「DX研修」という言葉をよく目にします。一方で、「リスキリング研修」という言葉を目にする機会も増えました。しかし、内容をよく見ると、この両者を同一している、あるいは、区別が曖昧なままに使われていることがあるようです。「リスキリング」とは、本来「異なる業務や職業に就くために、必要なスキルを獲得させること」です。いまの仕事を行う上で、デジタル・スキルを身につけて効率を上げようという"仕事の「スキルアップ」"を目指す研修を「リスキリング」といささか抵抗を感じます。

「リスキリング」という言葉は、2018年の世界経済フォーラム（ダボス会議）で取り上げられたことがきっかけとなって、注目されるようになりました。この年のダボス会議の中で、8,000万件の仕事が消滅し、9,700万件の新たな仕事が数年の内に生まれるとの予測が報告されました。そして、今後新たに生まれる仕事につくには、いまのスキルではできないので、社会全体でリスキリングに取り組む必要があるとの提言がなされたのです。

このことからも分かるとおり、「リスキリング」は、いまの仕事に必要なスキルを磨くことではなく、これから生まれる新しい仕事に適応できる新しいスキルを獲得することを目指すものです。

昨今、データ活用や新しいITツール、クラウド・サービスを使いこなせるようにするための研修を行っている企業が増えています。しかし、このような研修を受けて現場に戻っても、仕事はこれまでと同じでは、「リスキリング」にはなりません。まずは、「新しい仕事」を用意して、それに対処する、あるいは、新しい仕事を行う組織に異動することを前提にしなくてはなりません。

もちろん、データ活用やITツールの研修は、いまの仕事の効率化や改善に役立ちます。変革を主導するリーダーシップを育むことも必要です。ただ、「リスキリング」は、これとは違います。事業変革の一環として取り組むものです。

データ活用やITツールの研修は、個人の自発的な好奇心、改善、成長の意欲を頼りに、学びの機会を与えるために行います。目的は、人材の質を高めることで、古い知識やスキルを時代に即したものへとアップデートすることです。つまり、個人のスキル強化や知識のアップデートであり、現場改善のための「スキルアップ」です。

一方、「リスキリング」は、事業転換が目的です。配置転換、新会社への出向や転籍といった人事施策が前提として用意されていて、そんな新しい職場で必要とされるスキルを獲得することを目指します。

ある大手自動車部品メーカーの「リスキリング研修」をお手伝いさせて頂いたことがあります。研修の目的は、ハードウェア・エンジニアを、ソフトウエア・エンジニアへと転換することが目的です。この会社は、自動車部品が商品ですから、ハードウェア・エンジニアが沢山います。しかし、自動車部品におけるソフトウェアの役割が拡大する中、ソフトウエア・エンジニアを増やす必要に迫られました。

会社は組織の改編を進め、ソフトウェア・エンジニアを必要とする新たな組織を作り、既存の組織の役割の見直しも進めています。受講者は、そんな組織に既に転籍しているか、転籍を予定している人たちです。そんな人たちのために実施されたのが「リスキリング研修」です。

この事例からも分かるとおり、「リスキリング」のための研修と配置転換や転籍は一体です。「個人のスキルアップや現場改善のための研修」と「リスキリングのための研修」は、目指している「目的」も「あるべき姿」も違いますから、施策としても分ける必要があります。両者が曖昧なままでは、変革は進みません。

そもそも「DX研修」という表現も実態に即していない場合が多い気がします。こちらについては、改めて考えてみようと思います。

「研修にどのような名称を与えてもいいではないか。細かいことなどどうでもいい。」

そんなご批判もあるかも知れませんが、私はそうは思いません。「名は体を表す」という言葉があります。何を目指すのか、つまり、研修をうけた人たちが、結果としてどういう行動の変化を起こして欲しいのかという「あるべき姿」が名称に現れるのです。そこが曖昧なままでは、研修内容も定まりません。

研修をやることを目的とするのならば、それでもいいかもしれません。しかし、研修の結果としての行動変容や事業変革を目的とするのであれば、いかなる目的を達成するかを曖昧なままにすることはできません。そこを考えれば、名称は自ずと明確になるはずです。

名前と内容が不一致な研修というのは、単なるテクニカル・エンターテイメントにすぎず、教養番組になってしまいます。それもまた、福利厚生の一環としては良いかもしれません。スキルアップなのか、DX人材の育成なのか、事業変革なのかといった目的を明確にしないままでは、そもそも研修の成果を定義できず、研修をすることが目的化することは必然です。この点については、しっかりと考えて欲しいなぁと思うことしばしばです。