いまを辞めない変革などあり得ない
「改善」と「変革」という2つの言葉を並べてみると、両者は異なる概念であることを誰もが容易に理解できるはずです。しかし、「DX」という言葉になると、この両者が区別されることなく使われていることがあります。
「変革」と「改善」の違いの曖昧さを許容する日本文化
言うまでもなく、DXの"X"は"transformation"であり、日本語の「変革」に相当する概念が含まれています。ところが、DXとは何かを問えば、「デジタル技術を駆使して、業務の効率化や改善を図ること」という回答が、少なからず出てくる現実を見ると、「改善」と「変革」をうまく区別できていないと言うことなのかもしません。
この背景には、2つの可能性があります。
日本語特有の意味空間の可能性:
ひとつは、日本語の持つ「多様性」「多義性」「包括性」の問題が挙げられます。言語というのは、それを使う人たちが所属する歴史的、文化的背景によって、その使われ方が影響を受けます。日本語の場合、抽象的な言葉が意味する範囲が、かなり広くなっているということがしばしば起こります。事実、「変革」という言葉には、多くの人が「改善」に相当する意味を感じることは、日本語が持つ意味空間の特性であるのかもしれません。
「なんとなくは、両者が違うことは分かるが、その違いを明確に区別して説明せよと言われると、うまくできません」と感じる人が多いのではないでしょうか。
一方で、英語の"transformation"と"improvement"は、明確に使い分けられているようです。transformationの語源から考えると、"trans"は「向こう側」、"form"は「カタチをつくる」という2つの意味の合成語です。つまり、これまでにない新しいカタチにすることとなります。それが転じて「形態、性質、外観などが著しく変化すること」、あるいは「何かを完全に(通常は良い方向へと)変えること」という意味になります。
一方、improvementの語源を探ると、古フランス語の em- (利益)、ラテン語の prode(有利な)を組み合わせた言葉であることが分かります。これが転じて、「より良いものにする、品質や状態を向上させる」という意味で使われるようになりました。
日本語では、前者に「変革」、後者に「改善」という言葉を当てはめて使っているわけですが、DXに使われる"transformation"は、日本語の持つ言語空間よりも狭く、かなり明確に"improvement"との意味的重複を排除して、利用しているように考えられます。
これをビジネスに当てはめれば、"transformation"は、「テクノロジーやビジネス環境の急速な変化に対応するため、業務の手順、制度、組織・体制といったビジネス・プロセスや商品やサービス、顧客との関係、収益のあげ方といったビジネス・モデルを新しく作り変えること」を意味します。端的に表現すれば「会社を作り変える」と言い換えることができるでしょう。
これに対して、"improvement"は、既存のビジネス・プロセスやビジネス・モデルの目的や目標を達成する上で障害を取り除き、品質や生産性を高めることとなります。大きな投資をすることなく、いまのリソースを生かした活動が中心です。
製品やサービスの品質向上、顧客満足の向上、コスト削減、時間短縮、安全性の向上、リスク会費、コミュニケーションや意思決定の迅速化、働きやすい環境の整備などが、この取り組みの成果となります。
この解釈から、改めてDX(Digital Transformation)つまり、日本語で言うところの「デジタル変革」を解釈すると次のようになるでしょう。
アナログ前提で作られたビジネス・プロセスやビジネス・モデルをデジタル前提で根本的に見直し、新しく作り変える取り組み
既存の業務をそのままにデジタル・ツールを使って「改善」することではありません。既存の業務そのものを、デジタルを前提にして最適化し、まったく新しく作り変えることです。クラウドやモバイル、AIなどのデジタル・テクノロジーの進化に適応し、それらを駆使して、ビジネス・モデルやビジネス・プロセスを、根本的に作り変えることです。
「改善」が「変革」に劣っているとか、やる意味がないと言いたいのではありません。改善も変革も共に事業を維持するためには必要なことです。ただし、そのゴールもやり方も覚悟の仕方も違うということです。
「改善」は、過去のやり方をおおきく変えることなく、その時々の状況にうまく対処するために修正を加える行為ですから、短期的な生き残りの策であることは否めません。ただ、ビジネス環境の本質的な変化に対処できませんから、長期持続的効果はありません。
デジタル技術の発展と普及により、事業を営む上で、前提となるビジネス環境や競争の原理が変わってしまいました。わかりやすく言えば、「事業で成功するための成功の方程式」が、変わってしまったのです。そのたため、かつての成功の方程式を時代に合わせて改善することだけでは、もはや対処できない状況にあります。だから、「DX」という言葉で「transformation/変革」が求められているのです。
組織的力関係の可能性:
経営方針に従って事業目標を定め、これを達成することが、業績の評価につながり、人事考課の良くなることは、会社員が会社に詰めるインセンティブです。例えば、経営方針として、「我が社もDXに取り組みます」と示されれば、自分の職掌範囲の中で、DXについての事業目標を定め、その達成に向けて取り組むのは、当然のメカニズムです。
ただ、ここに大きな問題が立ち塞がることがあります。それは、DXの解釈が曖昧なままにDXに取り組むことを求められることです。経営者は、DXの定義を明確に示さないままに、「各自が考えで何をするかは自分たちで決める」との暗黙の了解の元で、DXに取り組むように社員に指示します。そうなれば、DXで何をするかは、自ずと自分たちに都合が良いものになってしまいます。具体的には、次の3つです。
- 自分たちにとってやりやすいこと
- やっていることが(経営層に対して)わかりやすく見えやすいこと
- 短期間(業績を評価される期間である1予算期または半期)で結果を出せること
前節で述べたように、日本語で扱われる抽象語は、解釈の余地が広いので、「改善」もまた、変革/DXの一部であるとなります。経営層もDXについての明確な定義、あるいは達成基準を曖昧なままにして、その解釈を現場に委ねています。結果として、「改善」もまたDXとして、許容されるわけです。そのため、「変革」よりも成果が出しやすい「改善」に流れてしまいます。
ただ、D(Digital)という言葉が付いているので、「デジタルを使うこと」で自分たちの取り組みを修飾しなくてはなりません。そのため、安易な解決策として、世にあるデジタル・サービスやITベンダーが持ち込む「なんちゃらDX(例えば、人事DX、販売DX、会計DXなど)」ツールを導入することで、DXを「やったことにする」ことで、DXに取り組んでいることにしてしまうわけです。
また、「変革」はその多くが、他部門や組織を越えた会社全体の取り組みとなります。組織を越えて、あるいはそれを跨いで、取り組むことは、ひとつの現場部門主導では容易なことではありません。部門ごとの思惑も絡んで、成果を出す(見せる)ことは、容易なことではなく、手間もかかります。当然ながら、そこまでやっても、自分たちの業績が評価されるわけでもありません。結果として、「変革」を目指すはずのDXが、「改善」にとどまってしまうわけです。
前節で述べたとおり、これから企業が事業を継続し生き残るには「変革」が必要です。この本来の目的が、十分に議論され、意識されることなく、手段が目的化した結果として、変革なきDX、言わば「DXごっこ」に興じる企業になっているのではないか、と真摯に、自分たちをふり返ることは大切かも知れません。
いまを辞めない変革などあり得ない
「現状を大きく変えずに変革にとりくみたい」「今の雇用や事業内容を維持し、ここでの収益を確保しながら、変革も行いたい」というのは、無理だと言うことをまずは受け入れなくてはなりません。
変革とは「いまを辞める」ことから始める
いまを辞めないままに変革はできないという前提で、私たちは変革に向きあう必要がるのです。「いまを辞める」ことには、抵抗があります。たぶん1番大きな抵抗は、「自分の仕事はどうなるのか?」「これまで自分の成果や栄光は意味がなくなるのか?」「これまでとは違うこととをやれと言われてもそんな簡単にできる"はず"はない」ということかも知れません。まさに、この考えを捨てることが「いまを辞める」最初なのだと思います。
これを行わないままに、あるいは、この点を無視したままで、DXに取り組むなどと言うことは、無理なことだと思います。
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