営業の自信は知識力によって培われる
もう昔話だが、自社のデータセンターに保有する100台ほどのサーバーをクラウドへ移管する提案をSI事業者に求めたことがある。そのSI事業者は、この企業のシステム構築や運用を任されていた。
当時、私は、その企業の情シスのシステム戦略について、助言していたのだが、その一環として、クラウドへの移管を検討していた。そこで、既存システムに精通しているこの会社に提案を求めた。
昔話とはいえ、大勢は、クラウドへと向かい始めていた時期であり、エンジニアではない私でさえ、クラウドの課金方法やサービスの種類、デザイン・パターンについては、最低限の常識は心得ていた。
さて、そのSI事業者の提案だが、既存の物理マシンをそのままクラウド上の仮想マシンに移行するだけの提案だった。しかも、バックアップやリカバリー、定期的な作業等の運用は何も変えず、ただ引っ越すだけの提案である。もちろん、一旦、物理マシンをクラウドへリフトするというプロセスを踏み、その先のクラウド・ネイティブへ移行する提案であれば、理にかなっているだろうが、そんな話は一切無い。しかも、移行に伴う作業やテスト、運用もいままで通りで、物理マシンのやり方と変わらず仮想マシン単位でのかけ算で見積金額は積算されていた。
既存システムの運用実態を考えれば、全てを24・365で動かす必要は無いことは明白だ。従量課金のメリットを活かし仮想マシンの稼働時間を最適化すれば大幅な使用料の削減になることは直ぐに分かる。また、パックアップやリカバリーもクラウド前提に考えれば、方法を変えて自動化が容易に実現する。運用の自動化の余地も大きい。それにもかかわらず、既存の人手による運用をそのままにする提案としていた。
簡単に言ってしまえば、これまでと同じ、単なるシステムの入れ替え/更新であり、クラウドの価値を活かすような内容には一切なっていない。それにもかかわらず、このSI事業者は、自社の看板に「クラウド・インテグレター」を掲げていたのだから、呆れてしまう。
彼らは、オンプレミスも必要だという。もちろんそれはそれで理にかなっていたが、ならば、データセンターに置くラックの数を減らすために「コンバージド・システム」を入れてはどうか問いかけた。すると彼らは、「それは何ですか?」と言うのだ。そんなことまで、こちらが説明しなければならないというのは、なんとも切ない話しである。
まあ、そんなことを言っても始まらないので、こちらから説明をしたのだが、初めて聞いたとか、実績が無いとか、保証できないとか言うネガティブな言葉が返ってくるだけだ。同席していた普段は温厚な情報システム部長も言葉を荒げて、「もう少し、ちゃんと勉強してから提案して欲しい」と強い口調で突き返して、再度の提案を求めていた。
その後のことは、ここでは伏せておこう。ただ、このSI事業者が信頼を損ねたことは言うまでもない。結果として、「既存」は仕方がないから彼らに任せ、「新規」は他の会社に相談するという情報システム部内の暗黙の了解ができあがってしまった。
昨日の記事でも述べたとおり、「営業力は知識力」である。世間の常識に感心を持っていれば、このようなことは何も特別な話しではない。クラウドの課金方式やデザイン・パターン、コンバージド・システムなどは、最先端でも特別でもなく、もはや当時の常識だった。
「技術的なことはエンジニアに任せている」
そんな営業も多いようだが、それは彼らと真っ当に議論できるだけの知識がないことのいいわけではないのか。だから、お客様の意図をくみ、提案の方針を示すことができない。エンジニアが、既存の延長線上でまとめた提案の素案をそのままに、体裁を整えるだけで、内容に疑問を持つことなくお客様に説明したのではないのか。余計なお世話ではあるが、もしそうだとすれば、なんとも残念な話しだ。
営業は、お客様の幸せを考えて、お客様にとっての最善を実現する役目を担う。技術的な最終判断は、エンジニアに委ねるにしても、いまの常識に照らし合わせて、方針を示し、議論を主導するのは営業の役目だ。それができずに、お客様の信頼を損ねてしまったわけで、これは営業として、大失態であろう。
この提案を持ってきた営業は、ベテランに見えた。しかし、こちらの質問にもまともに答えられず、議論にも参加できない。自信が無く、おどおどしている。これでは、お客様も不安に思ってしまっただろう。
営業にとっての自信は、信頼の土台だ。知識力は、そんな自信の源泉である。どんな質問をされても、その意図を理解し、適切に回答できる。分からないことは分からないとはっきり言える。何が分からないのかさえ分からないというのでは、話にならない。営業として、自信を持って仕事をしたければ、知識力を磨くことだ。
大昔の話しではあるが、かつて私が務めていた日本IBMの営業は、実に偉そうだった。鼻につくほどだ。ただ、その背景には、自分たちがコンピューター業界の最先端にあり、お客様の知らないことを知っているとの自負があり、そのための知識を磨くことを惜しむことはなかった(くどいようだが、大昔の話しだ)。
営業でさえ年に30日程度の研修が義務づけられていた。研修に出なければ、上司にペナルティが課せられる制度だったので、出ないわけにはいかなかった。そうやって、組織をあげて知識力を高めることに取り組んでいた。営業の知識は積み上がり、結果として、(鼻につくほどの)自信を持っていたのかも知れない。
プロとしての営業を目指したければ、知識力は欠かせない。エンジニアに対しても、お客様に対しても、自信を持って提言でき、対等に議論できるようになってこそ、社内からも、お客様からも信頼を得られるようになる。そして、その結果は、確実に数字となる。
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2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー
神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
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