個人の学びを組織の学びに転換する・3つのステップと経営者の役割
ITトレンドやDXについて、ユーザー企業の方からの講義や講演の依頼が増えています。新型コロナが第5類に移行して以降、オンラインでなく、リアルな会場で行うことも増えました。その背景には、リモートワークや非接触といった身近な日常の変化が、きっかけなり、ITへの係わり方を見直そうという機運が高まったことがあります。
また、経営者や事業部門の次のような苛立ちもありそうです。
- ITベンダーと情報システム部門に任せっきりのITが、リモートワークの足かせになったこと
- 多大なIT投資をしているのに、現場の状況がリアルタイムに把握できずに、迅速な対応ができなかったこと
- 改善の話はいくらでもあるが、この状況に対処するための抜本的な取り組みが、一向に進まないこと
ユーザー企業の経営者から、次のような嘆きを聞かされたことがありますが、このような状況は、どこの会社にもありそうな気がします。
「これからのIT戦略について、情報システム部門に相談しても、現行の改善案程度の話しか出てこない。付き合いのあるITベンダーに話しを聞いても、情シスと口裏を合わせているとしか思えない話しか出てこない。」
情シスが、組織として、時代の変化を学ぼうとしないというのは、言い過ぎかも知れません。しかし、現行システムを大きく変えることには、リスクを伴います。それを避けるためには、可能な限り現行を維持したいと考えるのは自然です。自ずと、改善に留まる話しか出てこないし、新しいこと、あるいは時代の変化を学ぶことに消極的になってしまいます。
そんな彼らしか顧客に持たず、価値観を共にするITベンダーが、経営者や事業部門から、いぶかしく思われてしまうのは、当然のことです。
誤解がないように申し添えておきますが、これは個人の学びのことではありません。組織としての学びのことです。個人として、時代の変化を学んでいる人は沢山います。しかし、それが、組織の学びに変わらないことが問題なのです。
さて、心理学においては、「学習とは人間や動物が過去の経験によって行動様式に永続的な変化が生じ、環境に対する適応の範囲を広げていく過程」という意味で用いられます。例え、知識を得ても行動を起こさなければ、学習できません。それは、社会の変化に適応できずに、生存の危機に陥ると言うことでもあります。
講義や講演の機会を頂けることは、大変有り難いことですが、それを行動に移すところには関われないもどかしさがあります。だからこそ、講義や講演では、行動すること、あるいは、些細なことでも始めることの大切さを力説していますが、その成果を見届けられないことは、致し方ないとは言え、大変残念です。
私の話を聞いて、個人として行動を起こしてはみたものの、その経験を発言しにくい組織の風土があるとの嘆きを聞くことがあります。有志の勉強会に留まり、組織的行動にならないという話しも少なくありません。また、上司から、仕事に差し障りがあるから、ほどほどにと言われることもあるといいます。これでは、せっかくの個人の学びが、組織の学びになりません。
組織が意志を持つことはなく、組織が勝手に学ぶこともありません。組織の成員たる個人が学び、それが積極的に議論され、組織に行動に取り込まれて、組織の学びになるのです。
これを整理すれば、次の3つのステップになります。
- 知る:自分たちの常識が、どれほど世の中の非常識であるかを知る機会を得て、「現実(as is)」と「あるべき姿(to be)」とのギャップを、個人が明確に認識すること。このギャップが「課題」である。
- 行動する:個人の意識した「課題」を組織で議論し、組織の「課題」として共有し、課題解決の方法を明確にする。この「課題解決の方法」が「ソリューション」だ。ちなみに「ソリューション」とは、IT製品やITサービスのことではない。それが含まれることはあるが、ルールや組織・体制、習慣や暗黙の了解を変えることなども含まれる。
- 定着させる:そんな「ソリューション」を行動に移し、試行錯誤して、自分たちにとっての最適なやり方を見つけ出して、日常の意識や行動に埋め込む。これが、組織の学びであり、定着し行動習慣に変われば、組織の「知恵」であり、企業文化となる。
自分たちの常識と世の中の常識のギャップを知ることは、講義や講演が、手段のひとつになります。しかし、組織として共有するには、経営者や管理者の積極的な関与が不可避です。
「うちの社員は、いくら研修をしても、行動しない」
そう嘆く経営者や管理者もいますが、議論できる場や空気を作る努力を怠っている自分たちが、その原因であることに気付くべきでしょう。まずは、そんな現実を受け入れて、重たい壁を取り払う方策を経営者や管理者が、考え、行動に移すことが必要です。
「知る」機会を作ることは容易なことです。しかし、同時に「行動する」場を作らなければ、「定着させる」ことはできません。
ユーザー企業の経営者や事業部門が、ITベンダーに期待するのは、このステップをこなす「知恵」を提供してもらうことでしょう。DXの本質は、「デジタルが前提の社会に適応するために会社を作り変えること」であるとすれば、そのための「知恵」こそが、「DX事業」の根源的価値です。しかし、実践していなければ、「知恵」などないわけで、お客様の期待に応えることはかないません。それにもかかわらず、「お客様のDXを支援します」などと、口にするのは、恥ずかしいという自覚を持つべきだと思います。
「DXおまかせキャンペーン」という広告が出ていました。変革の知恵を授けてくれて、その実践まで面倒見てくれるのでしょう(笑)。しかし、このジョークを、あなたは本当に笑えるでしょうか。
個人の学びを組織の学びに転換する。
DXを実践するとは、それができる組織の風土を作ることから始めるべきかもしれません。
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A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
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