「見える」テクノロジーばかりに気を取られてはいないか
変化に俊敏に対応できる企業の文化や体質への変革
デジタル・トランスフォーメーションの目的は、これに尽きるだろう。「アジャイル企業への変革」と言い換えることもできる。
このチャートは、「経済政策不確実性指数(EPU)」と呼ばれ、経済政策の不確実性に言及した新聞記事数を基に算出される指数です。これを見ると、2008年以降、EPUが大きく上振れしていることがわかる。このような社会環境の変化はビジネス環境の不確実性を増大させることにつながり、長期計画に基づいて事業をすすめてゆくことを難しくしてゆく。
ビジネス・チャンスは長居することはなく、激しく変化する時代にあってチャンスを掴むにはタイミングを逃さないスピードが必要だ。顧客ニーズもどんどん変わり、状況に応じ変化する顧客やニーズへの対応スピードが企業の価値を左右する。競合もまた入れ代わり立ち代わりやって来る。決断と行動が遅れると致命的な結果を招きかねない。
つまり、圧倒的なビジネス・スピードを手に入れ、ビジネス環境の変化に俊敏に対応できなければ、事業を継続することは難しい時代を迎えている。
コロンビア大学のリタ・マグレィスは自著「競争の終焉」の中で、このような状況を「ハイパー・コンペティション」と表現し、市場の変化に合わせて戦略を動かし続けなければ事業を継続することも生き残ることも難しいと指摘している。
この状況に対処するには、世の中の変化に合わせて社内・社外にある能力をうまく組み合わせることができる適応力が必要であり、このような企業経営の特性をダイナミック・ケイパビリティとして提唱しているのがカリフォルニア大学のデビット・ティースだ。
彼は論文の中で、市場や事業の変化をいち早く感知し、高速に組織を最適化し、直ちに経営資源の最適化を行って市場の変化に対応し、そしてそのフィードバックを直ちに施策に反映させると言ったアジャイル型の経営の必要性を説いている。
デジタル・トランスフォーメーションがいま声高に叫ばれる背景には、このような社会環境の変化がある。
つまり、企業がハイパー・コンペティションの状況に置かれ、それに対処するためにはダイナミック・ケイパビリティを備えなければならない。だから、ITは不可避な存在となるが、そんなITに求められる特性は、圧倒的なスピードと変化に俊敏に対応できるアジリティ、そして予測できない規模の変化に対応できるスケーラビリティだ。アジャイル開発やDevOps、クラウド・コンビューティングなどが注目されるにはそんな背景がある。
また、ITは事業の競争力の源泉となることから、このようなテクノロジーを主導するのは事業部門となる。情報システム部門は事業部門と融合し、ビジネスの成果と緊密に連動する組織へと生まれ変わることが求められるようになるはずだ。あるいは、古いカルチャーの上に築かれたシステムを守る役割に塩漬けされ、事業部門が情報システムを内製することになるのかも知れない。
当然、SIビジネスもこの変化に対処しなければ、ビジネスの機会を失うだろうが、未だ旧態依然としたテクノロジーを土台にいまのビジネスを守ろうとする企業もあるのが現実だ。
このような企業に共通する"現象"はつぎのようなことです。
優秀な若手の人材が会社を辞めてゆく
信頼を育んできたはずの長年の顧客が他の会社に乗り換える
これまで同様の仕事はコンスタントに依頼されるが、新しいコトへの取り組みについては相談されない
ビジネス環境の置かれている本質を理解することを怠り、うわべだけのテクノロジーの適用にしか関心がない企業の残念な現状が、このような"現象"として「見える化」されてしまう。
しかし、このうわべのテクノロジーさえも正しく見ていない企業もまた少なからずある。例えば、コンテナはその典型と言えるかもしれない。
先に説明したとおり、あっという間にビジネス環境が変わってしまい、この変化にダイナミックに適用しなければ、もはや企業は事業を継続することが難しい。この状況に対処するには、いままで以上にITの適用範囲を拡げ、これを高速に拡大、改善してゆくシステム基盤が必要不可欠となる。このような基盤として主流になりつつあるのが、クラウドの活用を前提としたクラウド・ネイティブ・アプリケーションの開発・実行・運用基盤だ。コンテナはその中核をなす技術のひとつである。
これにより、アプリケーション開発者は、アプリケーションを動かす上で必要なライブラリなど依存関係をコンテナにまるごとパッケージすることで、実行時の環境依存から解放され、コンテナで作成された開発環境やテスト環境をすぐ入手、実行することができるので、アプリケーション開発に集中できるようになる。
一方、インフラ運用者は、動作が確認されているコンテナであれば、常に実行環境にそのまま同じ手順でデプロイでき、言語や技術、バージョン等によってデプロイ方法を変える必要はない。また、コンテナはOSからは、ひとつのプロセスとして見えるため、統一された手法で一元管理ができる。さらに仮想マシンのようにハードウェア・エミュレーションに必要な仮想イメージやOSに関わる一切合切のデータがすべて含まれた巨大なデータを扱う必要がなく、軽量で高速に起動/停止できるようになる。
圧倒的なビジネス・スピードを達成するには、このような開発・実行環境が前提だ。
この仕組みを実現する上で中核をなす様々な機能をパッケージ化したのがRed Hat OpenShift Container Platform(以下OpenShift)だ。これこそが巨額の資金を出してまでIBMがRed Hatを買収した理由である。つまり、OpenShiftを使うことで、インフラ環境に依存することなく、どこでもコンテナが稼働する環境が実現でき、管理も統合化され、オンプレミスであっても、パブリック・クラウドであっても、あるいはハイブリッド・クラウドやマルチ・クラウドであっても、それらのインフラを意識することなくシステムの開発や運用ができる仕組みを実現できる。
さらに、今後普及するであろうIoTにおけるデバイスやエッジ・サーバーにおける開発や実行環境もコンテナ化されてゆく。そうなれば、コンテナにかかわる主要なテクノロジーを握っていれば、スピード×アジリティ×スケーラビリティを実現したいというお客様のニーズに対応でき、ITビジネスの広範にわたってイニシアティブを確保できる。IBMのRed Hat買収の意図は、ここにあったわけだ。
Google、Microsoft、AWSなども積極的に同様のことに取り組んでおり、まさに世の中はコンテナに向かって突き進んでいると言っても過言ではない。
しかし、未だSI事業者の方に話しを聞くと、コンテナそのものを知らない、あるいは仮想化の代替手段程度にしか理解していない人たちも少なからずいる。これでは、先に述べたとおり優秀な人材は去り、長年のお客様から切られ、新しいことを相談されないのは、仕方がない。それでいてDXを看板に掲げているわけだから、これではお客様をミスリードし、お客様の価値を毀損し、ひいてはITの戦略的活用が進まない我が国復活の足かせとなってしまう。
AIやIoTといった「見える」テクノロジーには、何とかしなければと大騒ぎしているが、このような「見える」テクノロジーの前提でもあり、情報システムの根幹を支えるテクノロジーには関心を示すことなく十分な施策もできていないとすれば、事業戦略の本質を見誤るだろう。
「見える」テクノロジーはばかりに関心を払うのではなく、もっと本質的に事業の根幹を変えてしまうだろうことに関心を持つべきだ。コンテナだけではなく、もっと本質的な変化が起きている。コンテナはそのひとつの事例に過ぎない。
自分たちの事業モデルを破壊するものは何か?
その上で、自分たちの未来はどうあるべきかを考え、未来に至るシナリオを描くべきだ。変化はあっという間であり、世の中が変わってからでは手遅れである。