カタチから入れ!
「ITについて、これほどまでに世間が後押ししてくれる時代は、かつてありませんでしたよ。」
大手製造業のCIOの方から、こんな話を伺った。
「昔は、ITについて経営者が話題にすることなどありませんでした。しかし、AIだとか、IoTだとか、世間が大いに騒いでくれます。おかげて、経営者も、どこまで理解しているかはわかりませんが、うちも何かしなくてはと言う気になっていることだけは確かですね。」
残念なことだが、この状況を活かせていないSI事業者が実に多い。経営者はITについて聞く耳を持っている。当然その配下にいる事業部門の人たちも何とかしなければならないと考えている。それにもかかわらず、こういう人たちに関わることをためらっているSI事業者、いや営業は多い。
「どうやって行けばいいのか分かりません。」
どうやってアポイントとればいいのか、何を話せばいいのか、分からないという。
「ぐちゃぐちゃ言わずに、まずはアポイントメントをとってはどうですか。」
カタチから入れ!である。情報を集め、業務について学び、ネタを用意してからアポイントメントをとるなんて、考えるだけでも気が遠くなる話しだ。必要は発明の母である。必要に迫られれば、情報を集めなくてはならなくなるし、業務について学ばなくてはならないし、ネタも用意しなくてはならない。「しなくてはならない」状況に自らを置くことが、成長を後押しし、チャンスをつかみ取る早道だ。
以前、友人であるエンジニアに「SharePointで開発して欲しいシステムがあるのだけど、やってくれないかなぁ」と相談したことがある。
「SharePointですかぁ・・・使ったことありませんが、まあ、何とかなるでしょう。いい勉強にもなりますし、是非やらせてください。」
彼は2週間ほど徹底してSharePointをいじり倒したそうだ。そして、1ヶ月もすると、こちらが期待した以上のプロタイプを仕上げた。その後、このプロタイプをベースに、お客様のフィードバックをもらいながら、お客様が大満足するシステムを作り上げた。
こんな話もある。友人であるエンジニアに「コンテナについての研修をして欲しいと依頼されたのだが、流石にエンジニア相手の研修となると、私には荷が重いのでやってもらえないだろうか。」と相談した。まだ、「コンテナ」がいまほど世間を賑わしていない頃の話しだ。
「もちろんです。まだ勉強を始めたばかりですが、いい機会なので、ちゃんと説明できるように準備します。」
彼もまたコンテナを徹底していじり倒し、研修教材を作り上げた。お客様からは、分かりやすかった、その価値がよく分かったと好評だった。彼はいまでは、コンテナ界隈では一目置かれる存在になっている。
私自身も初めてのジャンルの依頼は、オッと一瞬身構えるが、「これはいい勉強の機会だ、これがうまくいけば、同じ仕事を増やすことができる」という打算がモチベーションをかき立ててくる。何よりも、新しいことをやることは「楽しい」、「ワクワク」する。だから、まあ何とかなると目先も考えずに引き受けることが多い。そして、何とかしてしまう。
先日、他部門から情報システム部問へ転属になったという20代の女性が、私のITトレンドの研修を受講した。
「何のためにこのような研修をうけなければならないのか、よく分かりません。実践に役に立つのでしょうか。こういうことを学ぶことの意味を教えて頂けないでしょうか。」
なんと正直な人だろうと、苦笑いしてしまった。
「どれほど理を尽くして意味を説明しても、あなたは納得しないでしょう。今日の研修に限らず、そもそも情報システム部門に転属させられたことが納得できないのではありませんか。もしそうなら、誰がその理由を説明しても、あなたは納得しないでしょう。あなたが自分でその理由を見つけるしかありませんね。」
彼女はその通りだと"納得した"様子だった。
「自分に向いているとか向いてないとかなんて、申し訳ないがあなたの短い人生経験の中で、決めてしまっていいのでしょうか。少ない経験しかないのに若い頃から自分の可能性を狭めてしまうのは、とても残念です。」
その後、彼女は最後まで熱心に私の講義を受けてくれた。
どのようにすればいいのか(How)、何をすればいいのか(What)、といったことは、手段である。なぜそれを行うのか(Why)をしっかりと自分に問うことだろう。
例えば、経営者にアプローチすることで新しいビジネス・チャンスを手に入れることができる。自分が未経験のジャンルにチャレンジすることで、新しいビジネスのきっかけを掴むことができる。いや、それ以上に自分の未知なる可能性に気付く機会になるかも知れない。新たなキャリアにつながるきっかけがそこにあるかも知れない。それよりも何よりも、新しいことに関われることが楽しい。それが、Whyなのだろう。
スタンフォード大学の心理学者であるキャロル・S・ドゥエックは、人間には、「固定的知能観」か「拡張的知能観」かいずれかの心の有り様があり、それによって、その人の能力は決まってしまうというと主張する。
固定的知能観(fixed-mindset)の持ち主とは、自分の能力は固定的で、もう変わらないと信じている人。彼等は、自分の能力はこの程度だから、努力しても無駄だとみなす。また、自分が他人からどう評価されるかが気になり、新しいことを学ぶことから逃げてしまう。彼等が学ぶのは、それが自分にとって利益になる場合だ。つまり、これを知らなければ仕事がこなせない、収入が減るなどの場合に限られる。
一方、拡張的知能観 (Growth-mindset)の持ち主とは、自分の能力は拡張可能であると信じている人。彼等は、人間の能力は努力次第で伸ばすことができると信じ、たとえ難しい課題であっても、学ぶことに挑戦する。彼等は、好奇心旺盛に自らテーマを作り、学ぶこと自体を楽しむことができる。
このような、「知能観(Mindset)」が、学習についての意欲を左右し、能力の獲得や育成に大きな影響を与えるという考え方だ。
自分はどちらの「知能観」の持ち主だろうか。そのことに気付くことは、大切なことだろう。その上で、克服すべきことを自分で見つける以外に、成長の機会はない。
話しは、大いに横道にそれてしまったが、つべこべ言わずに経営者に行くべきだ。しかし、情報システム部門のトップが「その必要はない」や「ならば私を通してください」とブロックする場合がある。そういう場合は、「なるほど、よく分かりました」と一礼し、経営者にアポイントメントをとることをおすすめする。ささやかな経験ながら、ブロックする情シスのトップは社内的に影響力がないので、経営者がトップダウンでことを進めれば必ずそれに従う。ただ、礼儀を欠いてはいけない。経営者と何を話したか、どう進めようとしているのかを、経営者に代わって教えてあげればいい。きっとそんな話を聞きたいに違いない。なぜなら、自分ではそれができないからだ。きっと、喜んでもらえるだろう。
ぜひトップに行ってくれ、とにかくいろいろと吹き込んでくれ、大歓迎だと言う相手には、大いに助けを請おう。そして、どのように経営者を動かそうかと一緒になって思案すればいい。きっと、良き相談相手になってくれる。
決心してから準備して行動するのではなく、行動すれば自ずと決心は固まり準備しなくてはならないことになる。
さあ、あなたはどうしますか?
「なるほどよく分かりました。自分としてどうすればいいのか、じっくり考えて決心を固めて、行動します。」
あれ?