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事業戦略と業績評価の不一致が現場を疲弊させ事業目標の達成を困難にする

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「クラウドの売上を伸ばしたい」

「フローからストックへ収益構造を転換する」

そんな事業目標を掲げて、新規事業の開発や人材育成に取り組んでいる企業も少なくありません。しかし、多くのSI事業者の現実を見ると、必ずしもうまくいってはいないようです。

その根本の原因は、「事業戦略と業績評価の不一致」あるいは、「事業戦略と業績評価のダブル・スタンダード」にあるようです。

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少し古い話ですが、私がIBMで現役の営業をしていた頃、営業には金額としての「予算」はありませんでした。そのかわりノルマとしてポイント達成が求められました。

ポイントとは製品やサービスごとに設定されており、おおむね金額に連動していました。しかし、戦略的に販売しなければならないものは、金額以上に高いポイントが設定されます。また、特に重点的に販売しなければならない商品カテゴリーについては、個別に特別なポイントが用意されていました。例えば、小型機種の販売を強化するためにSmall Business Unit (SBU)ポイントというものが設定され、販売金額とは関係なく台数を評価する仕組みになっていました。特に、重点的に販売しなくてはならない製品については、意図的に高いポイントが設定されていました。

営業は、夫々のカテゴリーでポイント達成目標が与えられていました。そして、それらがコミッションに連動しており、すべてを達成できて初めて100%のコミッションが支払われます。また、100%クラブといって優秀営業を表彰する制度があるのですが、すべてのカテゴリーで目標達成できなければ、表彰される事がありませんでした。

そして、このルールやポイント制度が毎年変わるのです。つまり、その年の事業戦略に連動して、ポイントの重み付けやカテゴリーを組み替え、営業のお財布と会社の事業戦略を一致させていたのです。また、期中に新たな営業戦略を実行しなければならない場合は特別ボーナスを設定し、あらたな目標を与えます。このように、事業戦略と営業のお財布が、常に一致するように配慮されていたのです。

また、「営業タイプ」によってもポイントの配分が変わります。例えば、中小企業を担当する営業は小型機種のポイント配分が高く、新規顧客の開拓を担当する営業には、ポイントには関係なく何件の新規案件をとれたかによってのみ評価されると言った設定がされています。

自分に対して会社が何を期待しているかをポイントや業績評価基準で理解し、その達成を目指します。営業は自分に与えられたポイントや業績評価基準を達成できるように、自分の担当するお客様毎にアカウントプラン、つまり販売戦略を立てるのです。

このようなポイント制度を事業戦略に合わせて毎年改訂するには、相当な手間がかかります。会社全体の経営方針、事業部門毎の施策、それらをすべて勘案してポイント制度を設計しなければなりません。そこで、この制度を設計、維持するための専任組織を設置していました。それほど大変な仕組みだったとも言えます。

ただ、ポイントという数字によって営業個々人の営業活動を会社の事業戦略に一致させるべくコントロールする仕組みは、ほんとうによく考えられたものだと思います。

事業戦略と業績評価基準を一致させれば、必然的に現場は事業戦略の推進に邁進します。自分のお財布に直結するわけですから、与えられた目標を達成しようと自発的に知恵を絞るようになり、それが営業個々人の戦略志向や顧客への応対能力を磨いてゆくことになっていました。

このような制度の伝統やコミッション文化のない日本企業が、そのまま真似する事は現実的ではありません。しかし、この考え方の本質、すなわち「事業戦略と業績評価基準を一致させる」ということから、学ぶべきことは多いように思います。

「クラウド・ビジネスの拡大」や「フローからストックへの収益構造の転換」を掲げることは、時代の趨勢を考えれば当然ですが、このような事業戦略は一時的な売上と利益の減少を覚悟しなくてはなりません。一方で、業績評価基準は従来の事業戦略に合わせた「売上と利益」をもとめています。つまり、事業戦略に忠実であろうとすればするほど、自分の業績評価は下がってしまうのです。当然、現場は自分の業績評価を優先するでしょう。そうなれば、事業戦略の達成に現場の力を動員できず、戦略目標が達成できなくなってしまいます。

このようなダブル・スタンダードは現場を疲弊させます。会社の戦略はわかってはいるし、世の中もそれをもとめていることは分かります。一方で、自分の業績評価を下げてしまいます。ならば、「思考停止」を決め込み「指示待ち症候群」に身を挺することが、保身のためには最善の策となります。しかし、それでダブル・スタンダードが解消できるはずもなく、メンタルな負担を高めてしまうことになるのです。

言葉で危機感をあおり、精神論を鼓舞したところで、自発的な行動を促す事はできません。

「全社一丸となって、事業の改革を図ろう」

「全員営業で、新規顧客を開拓しよう」

「全員で危機感を共有し、改革を進めてゆこう」

このようなお題目をいくら並べてみても、それが、わかりやすい形で業績評価に直結しなければ現場は動きません。

「上の人は、言っている事とやっている事が違う」

そういう不信を現場に与えてしまえば、結果として士気は低下し、事業の改革も変革も「かけ声倒れ」で終わってしまいます。

経営者や事業責任者の仕事は、このダブル・スタンダードを説教や叱咤激励でごまかすことではないはずです。ダブル・スタンダードを解消すべく、事業戦略と業績評価を一致させる制度を作ることではないでしょうか。

事業戦略と業績評価を一致させれば、現場は自発的行動します。つまり、戦略目標を達成するには、その達成に現場が動くような業績評価の仕組みをセットで設計し運用すべきなのです。

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ビジネス戦略編・DX
【改訂】デジタル化とはレイヤ構造化と抽象化 p.8
【新規】アンバンドル/リバンドル/エンハンスメント p.13
【新規】アンバンドル/リバンドルとクラウド p.14
【改訂】DXとはVUCAの時代に対応するための変革 p. 19
【新規】なぜ、自律的な組織が必要か p.20
【新規】DXのメカニズム p.21
【新規】デジタル化とDXの違い p.22
【改訂】DXの公式 p.119
【新規】DX戦略の位置付け p.197
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【改訂】ローカル5G(Private 5G) p.283
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