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大企業であることの価値が失われる時代

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大企業が存在する意義は、「調達コストが低い」ことと「コミュニケーション効率が良い」ことだった。

「調達コスト」については、必要なスキルや人材、製品やサービスを社内で調達できることで、社外から調達するときに必要とされる、見積や契約、諸般の事務手続き、実行の監視と検収など、付加価値を生みだすことのないオーバーヘッドを大幅に減らすことができる。また、手間のかかる人材やリソースのマッチングも、事業目的に応じた最適な人材を予め用意していることで、効率よく行うことができる。つまり、バリューチェーンを内部化することで、調達コストを低減することができるようになり、そのバリューチェーンが長ければ長いほど、「内部化」は効果を発揮することになる。

「コミュニケーション効率」について言えば、お定まりの思考パターン、すなわち企業文化が同じなので、以心伝心で相手の意向を理解できることや、行動パターンもお互いに了解しているので、交渉や連絡の手間が省ける。しかも同じ会社なので、利害は一致しているので、決定の基準も明確だ。社外となると、そうはいかない。異なる企業文化に社内ルール、利害の対立もあるだろう。そのための情報収集や交渉には、相当の手間がかかる。つまり大企業の場合、コミュニケーションの省略ができることで、ビジネス・スピードを生みだしていた。

バリューチェーンの内部化とコミュニケーションの省略が大企業であることの存在価値だった。これをさらに社外に拡張したのが、自動車業界などで見られる系列企業ということになる。

このようなメカニズムを維持するために、これまで大企業は、社員の給与を一定水準におさえ、年功序列、すなわち長く雇用され続けることで待遇を徐々に高め終身雇用を保証し、福利厚生を手厚くすることで、会社へのロイヤリティを高めるように求めてきた。また、思考パターン、すなわち企業文化に準じさせることで、共同体として会社組織を維持し、効率を追求してきた。

このような仕組みにより、大企業の社員は、労働力として市場原理による競争に晒されることはなかった。安定した雇用を保証する見返りに、会社へのロイヤリティを高めることになり、企業もまた一定のスキルを持つ労働力を維持することができた。

このようなやり方は功を奏し、企業規模が大きくなればなるほど、競争力を高めることができたが、デジタル技術の発展は、この状況を大きく変えようとしている。

インターネットやクラウド・サービスの普及は、社外からの調達コストを大幅や低減した。特に、ビジネスの主役がモノからサービスへと変わり、ソフトウェアがビジネス価値を大きく左右する時代となった。この結果、デジタル空間上での調達、特にAPI連係の普及は、バリューチェーンを外部に拡げてもコストを低く抑えることができる。また、人間系に頼る内部化されたバリューチェーンに比べて圧倒的なビジネス・スピードを手に入れることもできる。さらには、調達や組合せの選択肢は増え、コストも下がるので、これまでにはできなかったやり方で、ビジネスの付加価値を生みだすことも容易になった。

人材のマッチングについても、AIが普及すれば、外部の人材であっても安いコストで最適な人材を見つけることができるだろう。しかも、企業のように固定化されたスキルに頼る必要はない。

不確実性が増大する現在、企業はビジネス環境の変化に俊敏に対応できる圧倒的なビジネス・スピードが求められる。そうなれば固定化されたスキルや均質な企業文化は、むしろ足かせとなる。また、社内人材は、給与や待遇が保証されているわけで、社内の要求レベルを満たしていれば、それ以上は求められない。結果として、世間の評価とはずれていいても、社内が求める要求水準を満たしていれば、雇用は維持された。しかし、いまや社内の人材だけに頼ることが、ビジネス・リスクになろうとしている。社員であっても、市場原理による競争に晒されることになろうとしている。

SlackTeamsなどのビジネス・チャットの普及は、コミュニケーションの効率を高めている。BoxDropbox、あるいはGitHubなどを使えば、社内外に関わらずリアルタイムでデータや情報を共有できる。もちろん企業文化が異なる者同士のコミュニケーションではあるが、このようなサービスを使いこなす者同士のコンセンサスは企業を越えて共有されていることもあり、オーバーヘッドを越えるスピードがもたらされている。

ビジネスの主役がモノであり、デジタル技術の発達もいまほどではない時代は、バリューチェーンの内部化とコミュニケーションの省略ができる大企業が、圧倒的な優位を維持できたが、もはやそのような時代ではなくなってしまった。デジタルを前提にすれば、社内と社外の格差は小さくなる。むしろ、イノベーションとスピードを手に入れるためには、社内外の区別なく、事業目的に最適な人材を調達しなければならない。コロナ禍は、このような変化を加速することになるだろう。

変化は、コロナ禍のあるなしにかかわらず社会のトレンドとして粛々と進んでいた。しかし、これまでの常識のままでも特に困ることはなく、この変化の存在に気づけずにいた人たちは多かった。しかし、リモートワークになり、あるいは、景気の後退によって、半ば強引にデジタル技術を前提とした新しい常識の中に放り込まれて、これまでのやり方では対処できなくなり、デジタル技術の役割を意識せざるを得なくなった。加えて、そんな時代にふさわしい雇用形態を見直そうという動きも活発になっている。

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終身雇用を前提に社員を会社に囲い込み、時間を管理するメンバーシップ型から、社員ひとり一人の能力に応じてミッションを定め、成果を管理するジョブ型へと変えようという動きが進んでいる。

デジタル技術の発展によって、バリューチェーンの内部化とコミュニケーションの省略といったアナログなやり方で競争優位を生みだすことができなくなったいま、デジタル技術を前提に「社内の社外化」をすすめなければ、生き残れない時代になったからだ。社員はそれぞれのミッションと能力によって細かく区分され、その成果に応じて評価される。企業を全体で見れば、大規模な集団かも知れないが、内部的には小規模な専門集団やスペシャリストの集合体として、組織のあり方を再定義しようという動きでもある。

そうなれば、もはや社内と社外の格差は縮まり、社内外を越えて能力と成果でマッチングが行われる。人材は、会社の基準ではなく、社会の基準で選択される。このような変化の行き着く先は、終身雇用を崩壊させることになるだろう。つまり、縦のキャリア・アップから横のキャリア・アップ、すなわち、社内で真面目に仕事をしていれば、出世して給与や待遇を上げられる時代から、どこに行っても通用する能力を持ち、会社を越えて、給与や待遇を上げる時代へと、変わっていくことになるだろう。もちろん社内での給与や待遇を上げるためにも、社外同様にミッションに応じた能力と成果が求められる。

いずれにしても、これまでのように「手抜きをせず、誠実に仕事をこなす」ことではなく、「徹底して極め、驚きや感動を与える」ことができるかどうかが、給与や待遇を決めることになる。

このような変化は、通常なら、10年とか20年かかるであろうが、コロナ禍は、これを、3年とか5年に縮めてしまうだろう。

コロナ禍を一時の景気の停滞やデジタル技術の浸透と捉えるべきではない。上記のような時代の変化を加速する強力なエネルギーの奔流と見るべきだ。集団から個人へと価値の重心がシフトする、そんな時代の変化に、私たちはいま向きあっている。

あなたには、この変化への備えはできているだろうか。改めて、問い直してみてはどうだろうか。

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