なぜ日本ではSFAやERPを導入してもうまく使いこなせないのか
欧米の経営者と従業員の関係は、羊飼いと羊の関係に似ている。彼らは、何百頭、時には何千頭の膨大な数の羊たちを効率よく統制し、牧草の生い茂る場所を巡回して、羊たちを育ててきた。その仕組みをうまく動かすためには、組織を階層化して、指揮命令系統をひとつにした中央集権型の組織を作る必要があった。また、現場の末端に至るまで、迅速・正確に情報を把握する術を必要とした。その伝統が、企業や国家の経営の根底にある。
また、米国では「横へのキャリアパス」が受け入れられている。「横へのキャリアパス」とは、ある会社で経験を積み、スキルを身につけ、ほかの会社へ転職して、さらに高い地位を手に入れるというキャリアの作り方だ。米国ではそれが当然のことであり、むしろ高く評価される傾向にある。
したがって、社員は高い報酬と地位を得るために会社に尽くす一方で、その機会が満たされなくなれば、いつでも他の会社に移り、さらに高い地位と報酬を求める。一方、経営者もそのことは承知しており、きめ細かく徹底した管理を行う。業務プロセスをリアルタイムで把握し、適正に業務を行っていること、あわせて会社への不正や不利益が生じないかどうかなど、組織の末端まで監視しなくてはならない。
SFA(Sales Force Automation)やERP(Enterprise Resource Planning)は、このような欧米文化を背景に生まれてきたITソリューションだ。つまり、営業や業務の末端を徹底して見える化し、経営者が現場を統制するとともに、適切な指揮命令を迅速に行うために作られたものなのだ。
一方、日本はどうか。日本では「横へのキャリアパス」はあまり快く思われていない。昔ほどではないにしても、「同じ会社の中で出世していくことが正しいキャリアパス」と考えられている。そのため、従業員は、一生勤め上げる会社を我が家のように考え、会社のために貢献することを当然と考える。その一方で、キャリアアップを図るには大きな失敗は許されない。何事も「ミニマムスタート」でリスクを最小限に抑え、失敗を許さず、小さな成功を積み上げてキャリアアップしていく企業文化だ。
経営者は、そんな社員を信頼している。だから現場が「使えない」というものを、経営者は無理矢理使わせることができない。「現場の判断にまかせる」ことを大切にする傾向にある。そのため、欧米のような絶対的主従関係は育ちにくい。
このような思想的背景の違いがあるにもかかわらず、欧米方式の製品をそのまま現場に持っていくと、「こんな帳票や操作画面じゃ使えない」と反発に遭う。「ならば現場に使えるように」と、業務プロセスに対応させるべく、徹底したカスタマイズを許容する。欧米ではあまりないことだ。
これは、「現場の主体性に大きく依存し、現場を信頼する」日本と、「現場は管理・統制の対象と考える」欧米との組織に対する考え方の違いだ。どちらが優れているかといった優劣の問題ではない。歴史的伝統に裏打ちされた思想の違いだ。ただ、この違いを理解せず、システムの選定を進めることは、結果として失敗を招くことになる。
ITに関わる製品やサービスが、欧米生まれであると言うことは、作られた国の文化やビジネス環境を前提にしていることを忘れてはならない。だから、「欧米の製品は使えない」という短絡的な話しではなく、そういう違いを理解して、うまく付き合うことを考えるべきだろう。
例えば、SFAを導入したがなかなかうまく使いこなせないのは営業の考え方ややり方が日本と米国では大きく違っているからだ。既に述べたが、欧米の経営者は人的資産を効率よく統制し、自分たちの事業目的の達成に向けて、確実に動かす仕組を求めている。当然、経営者は、現場の末端に至るまで、迅速正確に情報を収集する術を必要とする。SFAとは、そのための道具だ。
また、そこに働く営業は、個人事業主に近い独立した専門職である。従って、雇用者に対して、自分の抱えている案件の進捗を報告し、それに従って成果をあげなければ、報酬(コミッション)を得ることができない。結果として、経営者は営業案件の進捗状況やパイプライを正確に把握することができる。このように、両者の利害は完全に一致しているからこそ、SFAは正しく機能する。
日本では、個人の営業業績を個別に評価するのではなく、組織やチームの業績として評価することが多い。また報酬もコミッションはなく固定給であり、個人の業績に直接連動していない。また、SFAへの入力は、自分たちには直接的な益のない「報告事務」という余計なオーバーヘッドと考える。そのため営業活動の進捗をリアルタイムに入れることにモチベーションはない。
しかし、営業チームの責任者は経営者から頻繁に報告を求められる。そこで、ひとりひとりの営業に個別に話しを聞いて、自らの主観を交えて営業状況をExcelにまとめる。そして、月末になって部下にそのExcel集計を手渡し「このとおり入力しなさい」と指示し、まとめてSFAに入力させている。つまり、経営に対して数字を集計報告するためのツールとしてしか機能していないということになる。これでは、高いお金を払ってSFAを入れても、まったく意味がない。
しかし、SFAを入れてしまった以上は使わなくては責任者の面子が潰れる。そこで、「SFA活用委員会」なるものを立ち上げて、活用を促すものの、本来の思想や文化が違う訳なので結局は、その取り組みも破呈する。
このように背景にある文化や思想の違いを考えず、表層的な機能や性能だけでシステムを導入してもうまく使えないのだ。
SFAに限らず、製品やサービスは、その前提となる課題やニーズがあるから存在する。その前提となる思想や文化が異なるのであれば、例え優れた機能や性能であっても使えない。その当たり前を十分に確認しないままに選定することは厳に慎むべきだろう。もちろん、ITベンダーもそのことを正しく伝える責任を負っていることを忘れてはいけない。
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