歯科の世界も高額な自費治療一辺倒ではなくなってきつつあるかもしれない話
■高額な自費治療をすすめるクリニックが増えすぎた歯科業界
インターネットで検索してみるとどの歯科医院も高額な自費治療一辺倒です。
保険治療と自費治療の違いについてもまるで示し合わせたように同じ内容ばかりが目につくようになりました。
私は高額な自費治療を否定するつもりはありません。
インプラント専門、外科専門、歯列矯正専門など、専門性を極めて患者さんの幸せに貢献しているなら良い仕事だと思っています。
最近注目されている自費治療のひとつに専門性の高いマウスピース矯正があります。
ところがこれが流行しはじめてまだそれほど時間が経っていないのにも関わらず、すでにこんな記事が並んでいます。
― 100万円の治療費がパァに/歯科矯正の失敗はなぜ起こるのか?(※1)
― 歯科矯正詐欺(※2)
― 歯列矯正、マスク生活でチャレンジしやすく/トラブルも増加中(※3)
― マウスピース矯正/相談急増(※4)
いずれもマウスピース矯正の問題点が指摘されています。
これまでの歯科業界の流れを追ってみると、新しい高額自費治療が話題になるとあっという間に流行して歯科医がみんな飛びつきますが、しばらくすると不具合が見つかり大きな社会問題になってマスコミに叩かれて下火になる。
だれもが同じ方向に向かって一斉に走り始めるブームは当然このような展開になるだろうと私には分かっていました。
いずれも歯科業界の現状を感じさせる記事でした。
間違った解釈のまま自費治療を行うことは患者さんのためにならないと主張する当院のような歯科医はまだまだ少数派です。
■高額治療から自費治療への動き
高額な自費治療のブームはまだ続いていますが、それでもここ数年で変化のきざしが見えはじめています。
これまで保険治療にはほとんど触れず、高額な自費治療しか扱っていなかった有名な先生たちが次々と保険治療の入れ歯を勧めるようになってきました。
高額治療の優れたセミナー講師として業界内で有名な先生や、アメリカで修行して貴金属とセラミックを使った全顎にわたるかぶせものの症例を多数お持ちの先生、ほかにも自費治療で作る入れ歯専門のフリーランスの先生など。
こうした有名な先生たちが次々と「保険治療で良い入れ歯を作る方法」を推薦するようになっているのです。
■高額な入れ歯なのになぜ使えないケースが生まれるのか
百万円を超えるような高額な入れ歯を作ったのに使えなかったという話を聞いたことがあります。
お金をかけたのになぜ使えないことが起こるのでしょうか。
新しい入れ歯が違和感なく使えるかどうかは、金額にかかわらず、実際に装着してみるまでわかりません。
たとえば自動車などの工業製品なら巨額な設備投資をして自動化、機械化、量産化が可能です。
また改良を重ねることでさらにノウハウが蓄積され品質も向上していきます。(※5)
しかし、入れ歯は大量生産で生まれる工業製品ではありません。
患者さんひとりひとりの要件や、体調、主観に基づく希望など不確定要素が大きな医療行為です。
私は入れ歯を作るときはしっかりと患者さんの話に耳を傾け、口腔内の診察も慎重に行います。
また新しく作るときは、必ずこれまで使っていた古い入れ歯を保存してもらっています。
新しく作った入れ歯の微調整が必要になったとき、生活に支障のないように古い入れ歯に戻れるからです。
私はひとりひとりの患者さんに合わせて細心の注意を払って作りますが、それでも「この患者さんはこの新しい入れ歯で本当によかったのか」と自問することもゼロではありません。
もし患者さんが不具合を感じているとしたらベストの状態を探しながら何度も調整を重ねていきます。
入れ歯は患者さんと歯科医師の連携で完成します。
ところがこうした話を他の歯科医院のホームページで見ることはほぼありません。
現実問題としていきなり高額な自費治療で作る入れ歯は、構造が複雑すぎるうえに高硬度で強固な部材を使っていることが多く、調整が困難なものばかり。
患者さんに入れ歯を合わせるのではなく、頑丈な入れ歯に患者さんを合わせるようなことにもなりかねません。
なので患者さんが違和感を訴えても安易に「失敗でした」では済まないのです。
その点、保険治療の入れ歯は加工の自由度が高い材料を使っているので装着後の調整も容易に行えます。
「やっぱり保険治療の入れ歯は必要だ」
と思い直す歯科医師が少しずつでも現れてくださるのは良い傾向です。
近所の歯科医院でも
「その銀歯、保険で白くできるかも!?」
と保険治療の宣伝を前面に出すところも出てきました。
もしかしたらホワイトニングなど自費治療へ誘導するためのアプローチかもしれませんが ......。
■患者さんのためになる治療法が保険治療に加わりました
最近の出来事ですが「口腔機能管理」という治療法が新たに保険治療に追加されました。
「削る」「詰める」「入れ歯を作る」だけに限らず「口の中の衛生状態」「咬む力」「舌の力」「咀嚼機能」「嚥下機能」などの項目を検査して評価。
それに対する「訓練」「リハビリテーション」「アドバイス」をしていきましょうという歯科としては新しい概念の治療です。
2023年の時点で、50歳以上の歯科疾患管理料の算定数に対する口腔機能管理料の算定割合はわずか 0.65% と極端に低調な中で、当院ではすでに積極的に行っています。(※6)
医療従事者の仕事の幅は昔と比べてずっと広がっています。
当院にも「医科」から口腔管理や清掃、治療の紹介状が来ます。
このように近年は「歯科」と「医科」とのつながりが保険治療でも重視されるようになりました。
高額な自費治療が常に患者さんにとってふさわしい選択とはなりません。
保険治療の方がよっぽど経過良好なケースも多く、もっと柔軟に患者さんに寄り添う医療を考えることが大切です。
今後はさらに「歯科」と「医科」とのつながりを強化して欲しいと願っています。
そしてよりよい人生を送るための「口腔機能管理」のような保険治療も当院以外のもっと多くの歯科医院でも積極的に取り組んで欲しいと思っています。
※1 ダイヤモンドオンライン
2020.5.6 5:05 中村未来:清談社
https://diamond.jp/articles/-/236036
※2 福岡新聞2020年12月22日10:15更新
https://www.fk-shinbun.co.jp/?p=25355
※3 毎日新聞オンライン 山崎あずさ
2022.4.2(土) 14:00配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/042f9e353e523d93041f289a625d79b80b029812
※4 「マウスピース矯正 相談急増」
歯科医会調査 ワイヤ治療必要な人も
読売新聞 2022年5月28日(土)朝刊より
https://www.yomiuri.co.jp/medical/20220527-OYT8T50096/
※5 ホンダ公式ホームページ/ニュースリリース
「N-BOX」が2021年度 新車販売台数 第1位を獲得
https://www.honda.co.jp/news/2022/4220406.html
※6 中医協 総-2
5. 11.17
歯科医療(その2)
https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001168509.pdf
https://www.ireba-ito.com/→いとう歯科医院