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■ 「歯がないみたい」と言われた入れ歯を作り直した症例  

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「歯がないみたい」

身内にまでそう言われてしまうと気にせざるを得ないですよね。
と沈んだ表情で来院された50代女性のHさん。

数年前に他院で作られた上の総入れ歯はピタリと収まっています。
歯並びも「普通に作ったらこういう形になりますよね」という基本に忠実な、けっして悪くない出来栄えです。

しかしHさんのおっしゃる通りで笑っても前歯が見えません。
「歯がないみたい」と言われてみれば、たしかにその通りではありました。

入れ歯と同色のプラスチックを前歯の先端に盛り足す修理を行うことで、前歯が見えるようにする方法もあります。

そうすれば1回の治療で解決できて良いのですが、全体的な歯のバランスが大きく崩れてしまいます。
また後から盛り足すプラスチックは変色もしやすくて、比較的若いHさんには向いていないと判断。

そこで今回は新しく入れ歯を作ることにしました。
とはいえ入れ歯を新しく作るのはおそらく、一般の人が考えるほど簡単ではない場合があることをご理解いただきたいと思います。

今回も上の入れ歯を作るためにまず試みたのは下の入れ歯の治療でした。
というのも下の入れ歯は痛くて、長いこと使っていなかったからです。

Hさんの場合、下の入れ歯を使えるように歯並びを整えてから上の入れ歯を作る必要があります。
下の入れ歯を調整して不自由なく使えるようになるまで1か月ほど慎重に時間をかけました。

遠回りに見えますが、このような下準備をおろそかにすると結局は入れ歯が合わず、後からもっと苦労することになります。

特に今回は上の総入れ歯を作るのに工夫した点があります。
前歯の歯並びです。
形を決定する前に、加工しやすいワックスで仮の歯並びを作って患者さんと一緒に確認してもらいます。

模型上ではきれいな歯ならびに見えても口の中に入れると
・Hさんのように笑っても歯がぜんぜん見えない
・顔の正中とズレて口元が曲がったような歯並びになる
・入れ歯のサイズが合わず、そもそも口を閉じられない
といった症状がでることがあります。

そうならないように丁寧な確認作業が求められます。
義歯試適という工程です。
義歯試適して、笑顔になってもらうと前歯がハッキリ見えることが確認できました。

入れ歯の歯を一本ずつ並べるのは一般的には専門の歯科技工所に発注する歯科医院がほとんどですが、今回のように前歯が見えるように並べるとなると技工所では不可能です。

なぜなら歯科技工所は模型だけを相手にしていて患者さんの顔を見ないからです。

歯の位置の違いはほんの2ミリくらいですが、この微妙な調整は模型だけを見てもわからないので結局は患者さんの顔を見ながら歯科医師が並べなくてはなりません。

当院では歯科医師の私自身が入れ歯の歯を並べています。
なにもそこまで手をかけずに、必要な時だけ歯科医師が並べれば良いのかも知れませんが、普段から手を動かしていないとイザというときに思うように手が動かなくなってしまいます。

歯科医の技術は、武士の刀みたいなものだとも言われていますが、普段から鍛錬し磨いておくことがとても大事です。

ちなみにこの義歯試適の工程は保険治療でも設定されています。
大金をかけた自費治療にしないと歯並びの確認ができない ......。
ということはありません。

完成まで少し時間がかかりましたがその甲斐あって新しい入れ歯で笑うと歯が見えるようになったHさんは

「これでマスクを取って笑えます」

とチャーミングな笑顔でおっしゃってくださいました。

私は今回の治療を通じて、患者さんの顔にマッチした入れ歯をデザインして、素敵な笑顔を作り出せる歯科医師という職業の素晴らしさを再認識した次第です。

西荻窪 いとう歯科医院 ホームページhttps://www.ireba-ito.com

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