■ わずか2ミリの隙間に入れ歯を入れた小さな工夫の積み重ね
「全部の歯の神経を抜いて、かぶせものをたくさん入れて、すごい金額になるそうなんです」
上に奥歯がなく咬めないのが悩みという70代女性のEさん。
口の中を見て奥歯に入れ歯がない理由がわかりました。
上の歯グキと下の歯とのスキマがあまりに狭いのです。
2ミリしかありません。
都心のデンタルクリニックで言われた治療方針は、残っている歯すべての歯の神経を抜いてセラミックのかぶせものにする。
こうして咬み合わせを根本から変えてスキマを広げてから奥歯にインプラントを入れる作戦でした。
その治療方針を出した先生を否定するつもりはないのですが、まともにやり始めたら百万円を超える金額が必要になる上に、おそらくその作戦は失敗します。
なぜなら生えている歯の咬み合わせを変えるのは、よほど慎重にやらなくてはならないからです。
比較的高齢で身長も骨格も口の中も小さいEさんが、そんな大規模な変化に耐えるのは大変困難です。
Eさんは慢性的な耳鳴りや軽度の目まいの症状をしばしば起こします。
無理な歯科治療をきっかけに、そんな全身の症状が強くなる可能性が大きく、これは「不定愁訴」といって医師でも治療困難。
精神科の薬を手放せなくなり苦しんでいる話がインターネットなどでも散見されます。
当院にそんな悩みを抱えた方が来院することもあります。
歯科医が不定愁訴を作り出してはいけません。
そこで今回は2ミリのスキマに入る小さな部分入れ歯を歯科医師である私が自分で作ることにしました。
専門の歯科技工所に発注すると美しく仕上げてくれますが、2ミリのスキマに入れるには作品が立派すぎます。
実はEさんは別の歯科医院で入れ歯を作られていたのですが、咬み合わせが変わったら口を閉じられないし違和感が強すぎて全く使えなかったそうです。
もっとも、私が入れ歯を作るにしても普段どおりにやったのでは入りません。そこでいくつか工夫しました。
まず少しでもスキマを広げるために可能なだけ下の歯を削りました。
とはいえ下の歯は虫歯もない上に、ただでさえ磨り減って歯自体が小さくなっています。
削りすぎると水がしみる、歯の内部の神経が傷むなどの症状を引き起こすのでコンマ数ミリの範囲です。
次に工夫したのが、部分入れ歯を固定する金属のバネでした。
バネが下の歯とぶつかってしまったらジ・エンド。
入れ歯は使えません。
かといって不用意バネを削ってしまうと力が加わったときに壊れてしまう。
そこで普段は直径1ミリのワイヤーを使うところを0.9ミリのワイヤーに変更。
強度を犠牲にしてでも0.1ミリのスペースをかせぎます。
さらに入れ歯本体にも咬む力を受けとめる耐久性が必要です。
そこで補強の金属線(補強線)を入れることにしました。
他院で作られた入れ歯には補強線を入れないケースが増えています。
なぜかというと昔は補強線が保険治療の点数に入っていました。
しかし現在はその点数設定がなくなってしまったからです。
補強線もコストがかかるので、みんなやめてしまいました。
しかし当院ではほぼ全ての入れ歯に補強線を入れています。
強度が得られるのと、もし壊れても補強線のおかげで入れ歯の形が保たれるからです。
修理が簡単になります。
こうした工夫をいくつも重ねて完成した薄くて小さな入れ歯は、口の中の2ミリのスペースにピッタリ収まりました。
「久しぶりに奥歯で咬む感覚がよみがえりました! 気持ちいいものですね」
とEさんは笑顔でおっしゃってくださいました。
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