■ 85年の実績とともに受け継がれてきた義歯修理の技術
当院は入れ歯の修理を得意としています。
入れ歯の加工や修理を必要としている歯科医の技術を「どんなに壊れていても90分でできる義歯修理」という動画にしてYou tubeで公開しています。
動画のタイトルの「どんなに壊れていても修理できる」と言える根拠は、85年間の実績とともに受け継がれている義歯修理の技術を習得したからです。もちろん日々の精進は欠かせませんが。
当医院に来られた患者さんは、健全な歯に引っかけて使う部分入れ歯のバネやワイヤー鈎(わいやーこう)を、患者さんの口の中をよく知っている歯科医である私自身が作ります。1本のワイヤーをプライヤー(専用のペンチ)で作るこの技術のおかげで、多くの入れ歯の修理を行ってきました。
歯科医であった私の父も入れ歯修理を手がけていました。
しかし父の時代で主流となっていた義歯はワイヤーを平面に曲げる単純鈎(たんじゅんこう)です。
単純鈎
単純鈎は加工しやすく手間もかかりませんが、歯のくぼみの下にワイヤーが入りこんでしまうこともあって、そうなると装着に苦労します。
ワイヤーが入り込まないようにするには、歯のくぼみを避けつつ、歯をなるべく広範囲に包みこむ「両翼鈎」(りょうよくこう)という立体的な屈曲の技術が必要です。
両翼鈎
両翼鈎の屈曲はちょっとしたコツが必要なのですが、この技術を習得できると効果はバツグンです。
私はどうしても覚えたかった。
そこで勤務医として都内の有名な歯科医院に勤めていた時代に技工士さんに教わりながら毎日3時間の残業を課して必死に習得しました。
そしてある日、私は自分の技術を父の前で披露しました。
それ以来、入れ歯の修理を父から任されて今に至ります。
入れ歯を修理するときにいつも思うことがあります。
当医院の初代の歯科医だった「祖父」のことです。
もし今「祖父」が入れ歯を作るとしたら、おそらく私と同じ治療方針で同じ形のバネを作るのではないか。
というのも、祖父高秋の時代は、まだワックスで形を作ってそれを金属に置き換える鋳造鈎(ちゅうぞうこう)の技術は存在していません。
鋳造鈎
当時はまだ入れ歯のバネを作るにはワイヤーを屈曲する方法しかなかった。
祖父は細工が好きで、とても手先の器用な人でした。
私が生まれる前から技工士に頼らず自らの手で両翼鈎を作っていました。
ワイヤー屈曲の技術は今も昔も変わっていません。
寸分の狂いもなく無調整でピタッと収まった入れ歯を前に「はい、じゃあ使ってみてください」と穏やかに語りかける祖父の姿が今の自分に重なります。
祖父と同じ場所、同じ治療、同じ技術で患者さんの笑顔を見ることができる。
そう考えると感慨深いものがあります。
ちなみに最近は歯科技工士でもワイヤーを屈曲して成形する両翼鈎を作れない者が多くなりました。
知人から聞いた話では、ある歯科大学病院の技工士はだれも両翼鈎を作れないそうです。
屈曲の技術自体はプライヤーで挟んで曲げるというシンプルな技術です。
両翼鈎よりも加工しやすい単純鈎で入れ歯を作る時もありますが、部位や症例によっては髪の毛一本ほどの誤差も許されない場合がでてきます。
どう目を凝らしても歯と鈎の間に隠れているスキマを物理的に見ることができないほどの精度が要求されるケースです。
そんな細工をするときは単純鈎でも技工士任せにせず歯科医師が自分で作ります。
今から85年ほど前は歯科医師が自分の手で両翼鈎を作っていました。
ところが35年ほど前から歯科医師は簡単な単純鈎しか作らない時代になっていきます。
そして現在は残念ながら専門の歯科技工士でも両翼鈎が作れなくなった。
私が実践しているのは患者さんにとって最適な環境を提供できる両翼鈎の入れ歯です。
まるで旧き良き時代へ時計の針を巻き戻したような感覚ですが、時代に逆行しているような両翼鈎の技術を用いる時が、私にとって入れ歯修理の醍醐味であり、楽しさでもあります。
そしてなんと言っても患者さんの笑顔を見た時の達成感と同時にうれしい気持ちになれることが、歯科医師になって良かったと心から思えるのです。
西荻窪 いとう歯科医院ホームページhttps://www.ireba-ito.com