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「ソーシャルディスタンス」に対する違和感

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新型コロナウィルスの感染拡大を避けるためにと、ソーシャルディスタンス(Social Distancing)という言葉が広がっています。

要は、うつしたりうつされたりしないように、離れましょうということですけど、なんでわざわざ横文字の聞き慣れない言葉を使う??

オーバーシュートやロックダウンという言葉が急に出てきてわけがわからないというのに、まだ追加するの?

Social Distancingは、感染症拡大を防ぐために離れていましょうという意味で学術的にも使われているそうではありますが、じゃあ、どれだけ離れればいいんだよ、ということになるわけで。

みんなが、未知の事態に備えたり、日常的に気をつけなければならないときに、通じない言葉を共通語にしようとするのは不適切だと思います。

ソーシャルディスタンス → 2メートル以上離れる

というように、もっと明示的に。


オーバーシュートとかロックダウンも、具体的な事象とか、定義を数値や事象で明確化すべきです。

政治が使っている、ギリギリの状態というのも、どのような閾値を越えたらギリギリを超えるのか、はっきり示さないと恣意的なものにとどまり、混乱を招くだけでしょう。


閑話休題

表題に書いた、「ソーシャルディスタンスに対する違和感」は、実はここまでの話ではなくて、そもそも何でソーシャルなんだ??という点。


ウィルスが届きにくい距離を保つ、というのは、Social(社会的な)距離ではなくて、Physical(物理的な)距離なんじゃないか、と思うのです。


なんとなく気持ちわるいなあと感じていたのですが、同じことを考えている人がいるのを見て、やっぱりなと。

バンコクポストの記事に、こんな記述がありました。


During these times of crisis worldwide, there has been much talk of "social distancing". This term is regrettable, because the last thing one wants when situations are challenging and personal anxieties and tensions are acute, is social distancing. This is a time for closeness and communal solidarity. One needs to reach out to people, whether family, friends or working colleagues. The necessity is for physical distancing, but social proximity. 


ざっくり意訳すると、「ソーシャルディスタンス(social distancing)という言葉が多用されているが、この世界的な危機の困難な時に人々が求めるのは、家族や友人や同僚とのつながりであり、必要なのは物理的に離れること(physical distancing)であり、社会的には近くにあること(social proximity)が必要なのだ。」というところでしょうか。


喉にひっかかった魚の骨がとれたような、そんな感じです。


引用元(リンク先)のバンコクポストの記事は、どちらかというとこのことが主題ではなくて、在宅ワーク、テレワークについていろいろ書かれているものですが、これはこれでむしろより興味深い内容だったりします。


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