AI時代における創造と適応 ~個性の重視と魂の浮力~
2026年2月2日、福岡・天神のONE FUKUOKA BLDG.にて開催された「福岡県未来ITスタートアップフォーラム」。そのメインセッションでは、日本を代表するエンジニアと研究者が「AI時代に私たちはどこへ向かうのか」をテーマに、熱い議論が交わされた。モデレーターを務めたのはULSコンサルティング取締役会長の漆原茂氏。パネリストには、プログラミング言語Rubyの開発者であるまつもとゆきひろ氏、そして琉球大学教授でありH2L創業者の玉城絵美氏が登壇した。
議論は、プログラミングの在り方から、急速に進化するAIが個人や社会に与える影響、そしてその変化にどう向き合うべきかまで、進展した。
AIが変えた「つくる」行為
まつもと氏は、自身の生活に起きた劇的な変化を明かした。40年来愛用のテキストエディタEmacsを、昨年6月から「コード書きのエディタとしては封印した」という。
現在はAIエージェントに、「この関数を書き換えろ」といった人間の言葉で指示し、コードを生成・修正させている。10月には、AIへの指示だけでRuby製のツールを開発。そのツールは現在まで毎日使っているが、そのコードを「1行も見ていない」という。AIは単なる補助ではなく、これは開発者の役割が実装者から指示者・評価者へと移行しつつあることを表している。
また、AIの進化とともに人間側の振る舞いも変化している。当初は細かく指示していたものが、次第に「性能を改善しろ」といった抽象的な命令へと変わり、それでも成果は向上しているという。これはAIの能力向上とともに、人間の思考や関与の仕方が変容していることを示している。
AI進化のボトルネックは「人間側」
一方、玉城氏はAIの進化について、技術そのものよりも「人間側の問題」で足止めされていると指摘する。AIは本来もっと速く進化できるが、社会的な受容性や倫理との整合性が追いついていない。そして何より「人間の欲の不明確さ」がボトルネックになっているという。
「何を実現したいのか」という欲求の解像度が求められる。AIに対して適切な指示を出すには、ユーザー自身が目的や要求を明確に理解している必要がある。しかし現状では、そのリテラシーが十分に広がっていないと指摘する。
また、フィジカルAIの分野では、さらに高度な統合的知識が求められる。ソフトウェア、ハードウェア、神経科学、倫理といった複数領域を横断できる人材が必要だが、日本ではこうしたゼネラリストが不足しているという課題も示された。
未来を「描く人」と「受け入れる人」
本セッションのもう一つの軸は、未来への向き合い方である。
玉城氏は、自身の強い欲求から未来を構想し、そこから逆算して技術開発を進めるバックキャスティング型のアプローチを取る。一方、まつもと氏は「未来は予測できないもの」とし、到来した変化に柔軟に適応する姿勢だ。
まつもと氏は、自身の時間的視野は「せいぜい数日」と語り、長期ビジョンよりも「今欲しいもの」を起点に創造するスタイルを貫く。その結果として生まれたRubyが世界的に普及したことを踏まえると、このアプローチは納得性がある。
まつもと氏は「来た未来を受け入れ、手元の技術で最善を尽くす」というレジリエンス(適応力)の重要性を強調する。AIの進化を事前に予測できなくても、それを最大限活用する柔軟性こそが鍵だという。
一方、玉城氏は究極の引きこもり願望: 「物理世界を楽しみたいが、外には出たくない」という個人的な欲求が研究の原動力。2030年のスーパーニートを目指す玉城氏は、自分の欲望に忠実になり、それを実現するために技術を開発し、出たくもない世の中に出て活動していると笑いを誘いました 。
「自分の欲に忠実であること」を出発点に挙げ、壮大なビジョンでなくとも、「自分は何を望んでいるのか」を明確にすることが、結果として独自の価値創出につながると玉城氏は語る。
AI時代に必要なロジカルシンキングと「魂の浮力」
AIに仕事が奪われるという不安に対し、両氏は具体的な指針を示した。
ロジカルシンキングを鍛え直す
玉城氏は、AIとの対話が便利になりすぎることで、人間の思考力が低下する危険性を指摘。
- 「曖昧さ」を許さないプログラミング: 自然言語は曖昧だが、プログラミング言語はエラーが出るため論理が鍛えられる。思考能力を下げないために、日々コードを書くことを推奨。
- 国語ドリルの活用: 非エンジニアであっても、論理的な入出力を意識し、説明責任を果たす力を養うべき。
人間に残る「問いを立てる力」
まつもと氏は、AIには「自発性」がないことを指摘。
- 問題の発見と決断: 社会や人間に存在する問題を見出し、どのソリューションで行くかを「決める」のは人間にしかできない特権。
- 才能のブースター: AIは能力をゼロから生むのではなく、既存の能力を増幅(ブースト)させるもの。自分自身の基礎体力がなければ、ブーストされる成果も少なくなる 。
「魂の浮力」に従う
まつもと氏が提唱する「魂の浮力」という概念は、聴衆を揺さぶった 。
- 自分の「適温」を見つける: ガリレオ温度計のおもりがちょうどいい温度で止まるように、自分のパッションや熱意が最も発揮される場所を見極めること。
- 内側から出るもの: 市場分析で儲かりそうだから始めるのではなく、自分の内側から出る「これが必要だ」という感情こそが、困難なスタートアップを続ける鍵となる。
締めくくりとして、玉城氏は「個性の重要性」を強調しました。例えば、アールグレイしか飲まないといった、AIから見れば非合理な「謎の重み付け」こそが人間らしさであり、価値の源泉であると。人間が持つ遺伝子や環境によるランダムな個性、さらには「自分の考え方の変癖」こそが、AIと接合した際の新しい文化形成の種になる。
まつもと氏も、カオスを愛し、テクノロジーを最大限に活用して自分のパッションを実現してほしいと、挑戦者たちへエールを送った。
AIという強力な翼を得た今、私たちが問われているのは「どこへ飛ぶか」という純粋な欲望と、それを支える論理力や問う力、そして自分だけの個性や感じたことを信じる勇気なのかもしれない。
・参考【玉城さんインタビュー記事@Forbes Japan】→「人生を3倍にする」マルチスレッド・ライフスタイル実現技術で先を行く日本
1:27:00あたりから本パネルセッション(48:00から玉城さん講演)