誤解だらけのウェルビーイングを戦略的に捉えよ ~TechGALAウェルビーイング・パネルから~
2026年1月28日、名古屋・ナディアパークで開催されたTechGALA。数あるセッションの中でも、企業のマネジャー層から熱い視線を集めたのが、「ウェルビーイングは守りから攻めへ。成長戦略としての人材のあり方」と題されたパネルセッション。
登壇したのは、組織変革・リーダー育成を手がける株式会社コーチェット代表取締役の櫻本真理氏、ウェルビーイング領域で新規事業を展開する株式会社ECOTONE代表取締役社長/Wellulu編集長の堂上研氏。モデレーターは、Business Insider Japanブランド編集長の高阪のぞみ氏が務めた。
AIの進化が加速し、「人間に残される価値とは何か」が改めて問われる中、本セッションではウェルビーイングを福利厚生や守りの施策ではなく、企業の成長戦略の中核に据える視点が提示された。
堂上研氏(左)と櫻本真理氏(右)
なぜ今、「攻めのウェルビーイング」なのか
セッションの冒頭、モデレーターの高阪のぞみ氏(Business Insider Japan)は、ダボス会議でも議論された「AI時代における人間の価値」を引き合いに、問いを投げかけた。
「福利厚生や守りの施策として語られがちなウェルビーイングを、いかに経営戦略の中心に据えるか。人が元気でなければ、どんなに優れたテクノロジーも事業を加速させることはできない」
これに対し、登壇者の櫻本真理氏(コーチェット)と堂上研氏(ECOTONE)は、共通して「ウェルビーイングはコスト(費用)ではなく、投資である」というパラダイムシフトの必要性を強調した。
見落とされてきた経営資源「心理的リソース」
リーダー育成に携わる櫻本氏は、マネジメントの本質を「心理的リソース(心のエネルギー)」という独自の概念で読み解く。
心理的リソースとは、人が考え、判断し、行動するために必要な"心のエネルギー"を指す。これは有限であり、使えば減り、回復には時間や環境が必要となる。しかし多くの組織では、人・モノ・金といった資源管理は行われても、この心理的リソースがほとんど可視化されてこなかった。
例えば「資料を修正する」という一見単純な業務でも、課題発見、解決策の検討、判断、実行というプロセスの中で、心理的リソースは少しずつ消費される。こうした消耗が積み重なり、回復や活用の設計がなされないまま放置されると、メンタル不調や離職、生産性低下といった問題につながる。
櫻本氏は、「組織の中で起きている多くの課題は、心理的リソースの"量"と"使い方"で説明できる」と指摘する。上司の顔色をうかがう、指示が一貫しない、役割が曖昧――こうした"無駄な消耗"が多い組織では、価値創出にリソースが使われず、成果が出にくい。一方で、リソースを顧客価値や創造的業務に集中できる組織は、自然と成果も上がる。
興味深いのは、櫻本氏が「疲れていない状態」をゴールに置くことに警鐘を鳴らした点だ。人は疲れていても高いパフォーマンスを発揮することがある。
「疲れていてもパフォーマンスが出るのは、リソースが『活用』されている状態だから。リーダーの役割は、メンバーのリソースを無駄な『消耗』から守り、高い『活用』へと導くことにあります」
多少消耗が大きくても、活用が大きければ成果が生まれ、その成果が次のエネルギーを生む好循環が回る。逆に、頑張っているのに成果が出ない状態は、消耗ばかりが増え、自己効力感を下げる悪循環に陥る。
リーダーが奪うことも、与えることもある
櫻本氏は、リーダーの影響力を「存在」「関わり」「構造づくり」の3つに整理する。
- 存在による影響力:いるだけで場の空気を変える
- 関わりによる影響力:言葉や態度がエネルギーを生む/奪う
- 構造づくりによる影響力:迷いを減らし、消耗を防ぐ仕組み
リーダー自身の心理的リソースが枯渇していると、無自覚のまま「心理的リソース泥棒」になってしまう。逆に、余白があるリーダーは、メンバーの力を引き出し、組織全体のエネルギーを増幅させる。
堂上氏は、「トップ自身がウェルビーイングを体感しているかどうかが、企業の差を生む」と語る。企業の決定的な違いは、経営トップの哲学とコミットメントにある。トップが「幸せを量産する」と言語化した企業では、社員の行動や視点が大きく変わった事例も紹介された。
ウェルビーイングは「コスト」なのか
しかし現実には、ウェルビーイングは依然として「余裕があればやるもの」「できればコストをかけたくないもの」と扱われがちだ。
櫻本氏は、メンタルヘルス事業を手がけていた頃、企業から「不調になる人のために予算は使えない」と言われることも少なくなかったと振り返る。
堂上氏もまた、7年以上前にウェルビーイングを事業テーマとして掲げた際、社内外から「儲からない」「ビジネスにならない」と否定的な反応を受けてきたという。
ウェルビーイングは「休むこと」「甘え」と短絡的に結びつけられやすく、生産性や競争力と対立する概念として捉えられてきた。
だが近年、人的資本経営の潮流や海外研究の蓄積により、ウェルビーイングの高い状態が生産性・創造性・離職率に大きな影響を与えることが示されている。問題は「重要性がわからない」ことではなく、経営言語として翻訳されていないことにある。
ウェルビーイングは事業のチャンス
「挑戦している人ってWell-beingだよねっていうところも含めて、僕らは今、新しいウェルビーイングな産業を作ることにトライしています。」
堂上氏が率いる博報堂発のエコトーンは、従来の企業目線から脱却し、「生活者がどうすれば幸せになるか」を追求する生活創造業として、ウェルビーイングを事業の核に据えて挑戦している。メディア、事業開発、コミュニティを連携させ、新しいウェルビーイング産業の創出を目指している。
多くの企業はウェルビーイングを「儲からないコスト」と見なし、その戦略的重要性を理解していない。ウェルビーイングの定義は固定せず、主語によって変わる多様性を認めるべき。真のウェルビーイングは、従業員一人ひとりを主語とすることから始まる。
三つの間に余白を
堂上氏は、ウェルビーイングな環境を作るには、「時間(中長期的視点)」「空間(新しい場所)」「仲間(会う人を変える)」という三つの間に余白を設計することが効果的と指摘する。また、「目標・役割・ルール・仕組み」を明確化することで、メンバーが迷いなく役割に集中できる「良い思考停止」の状態を作り出し、心理的消耗を防ぐことができる。
変化の第一歩として、副業やパラレルワークなどを通じてウェルビーイングな人々と関わる機会を増やし、その良い影響を受けることから始めてみる。そして、体・心・頭の観点で「自分は何を願っているのか」を意識し、毎日「今日何が面白かったか」を振り返る習慣を取り入れる。
堂上氏は、かつての「3時間睡眠のナポレオン生活」から脱却し、ウェルビーイングに大きく影響する睡眠を優先することで自身の幸福度と事業の勢いが加速した実体験を語った。また、家庭やチームで「今日あった良いこと」を共有する習慣(レコーディング・ウェルビーイング)が、ポジティブな視点を探す脳の回路を作ると語った。そして、朝散歩をするなどの良い習慣が、ウェルビーイングを高める。
ウェルビーイングは経営テーマとなるか?
心理的リソースを「増やす」――共感、感情の共有、関係性の中で生まれるエネルギー――はAIでなく人にしか担えない。ウェルビーイングは守りではなく、人と組織の可能性を最大化する、攻めの成長戦略である。
良いゴールを掲げ、良い問いを投げ、関係性の中で人を動かす。成果を出すために、心理的リソースをどう使い、どう増やすか。そのマネジメントこそが、経営者に求められる役割だ。
しかし、現時点でそれを理解し実践するリーダーは少数派だ。人材不足、かつAIに依存する社員が増えるいま、これを優位性の源泉とするのが得策だろう。また、個人にも、自分のライフをデザインする有力なアプローチとなるだろう。