ギネス認定・世界最古の温泉宿
前回ご紹介した四国の勇心酒造さんとともに、一昨年、キヤノンさんの「C-magazine」のために取材させたいただいたところに、旅館「法師」さんがあります。
霊峰・白山の麓に広がる粟津温泉。小松空港からもほど近い、鄙びた風情漂う静かな温泉地ですが、ここに、ギネスブック認定の世界最古の温泉宿があります。それが「法師」さんです。
創業は、718年(養老2年)といいますから、実に1300年近い歳月、いくたの戦乱や天変地異を乗り越えてきたということになりますね。
私は、取材記事執筆のために、第46代のご当主・法師善五郎さんにお話を伺いました。
1. 経営哲学「みずから学べ」;
同旅館の創業以来の社会的使命は、湯守として、同地の名泉を守ってゆくこと。
それを実現してゆくための、家訓は、「みずから学べ」。
ご当主によれば、「自ら学べ」という意味と同時に、「水から学べ」を意味しているとのこと。
水は、環境変化に対応して自在にその姿・形を変化させるけれども、しかし、水としての本質を失うことがありません。
水から学べとは、すなわち、そうした一方において確固としたものを持ちながら、他方において融通無碍に対応してゆく姿勢に学べということなのだとか。
これを、現代の文脈に合わせて表現するならば、「守るべきもの」(不変)と、「変えるべきもの」(革新)を、的確に識別して、前者については、これを貫徹しつつ、後者については、現状否定・非連続型で革新してゆくということになるでしょうか。
この姿勢を1300年もの間、堅持したからこそ、今なお、顧客、そして社会の支持・信頼を得ていられるのでしょう。
しかし、それは言うは易く、行なうは難しです。どうすれば可能なのでしょうか?
2. 「ムダ・ムラ・ムリを楽しむ」;
ご当主が、しばしば口にされた言葉に、「生かされている」、「主客一如」があります。
これは、まさしく、「法師」が、創業以来、「主客一如型経営」「不変貫徹・革新断行型経営」を行ってきた証なのですが、日々のオペレーションの中で、それを可能にしてきた要因があるようです。
それは、「ムダ・ムラ・ムリを楽しむ」心の余裕とのこと。
言うまでもなく、現代型企業にあっては、いかにして、この「ダ・ラ・リ」をなくすかが重要であり、私自身も、かつて大手電機メーカーの工場勤務だった頃、QCサークル活動で、このテーマを追求していたものです。
ところが、それを排除するどころか、逆に、楽しむ姿勢が肝要だというのです。
いったい、どういうことでしょうか?
たしかに、経営の効率化・スリム化を図ることは、企業の存続にとって極めて重要な課題です。健全に存続することで初めて、企業は、社会において、法的責任・経済的責任などを果たしてゆくことができる訳ですから。
しかし、同時に、いったいどうすれば、「生かされている」ことへの感謝の念を、顧客はもとより、自己を取り巻く森羅万象に捧げることができるか、という姿勢もまた重要です。
私の印象として、この姿勢には、受動的対応と、能動的対応があるようです。
受動的対応とは、長い歴史の中で、時の権力者の意向や都合に合わせて、やむを得ずアクセプトしてきた部分とでも言いましょうか?
近代以降であれば、旅館経営上、必ずしも歓迎できないような法令の制定や法改正なども含まれるでしょう。
しかし、だからと言って、それに反発したり、権力と対立しても、仕方がありません。
そうではなくて、老舗の温泉宿として、どう見ても、不合理ないしは不都合と思えるようなその状況を楽しんでしまおうというのです!
そういう新しい環境を逆手に取って、そういう状況だからこそ出来ること、そういう状況じゃないと出来ないことを考えてゆく余裕とでも言いましょうか・・・
たとえば、昔であれば、従業員は全員「住み込み」で、しかも長年にわたり、家族のように毎日24時間、ともに「過ごし」(Living)、ともに「学び」(Learning)、ともに「遊ぶ」(Leisure)という「3つのL」の中で、代々継がれてきた有形無形の伝統(哲学・価値観・作法・しきたり・芸事など)を身につけ、次世代へと繋いでゆくことができました。
しかし、現代において、それは極めて困難なことです。
そこで、ひとつのチャレンジとして、「法師」では、日本の伝統文化を学びたいと熱心に希望する海外の人々を積極的に招き、仕事を通じて、それを学んでもらっているようです。
たとえ日々、住み込みでなくても、限られた時間の中で最大限吸収しようとする彼らの強い熱意で、そうした日本の伝統は、後世へと伝わってゆくのかもしれません。
こうしたチャレンジが、結果として、社会貢献、ないしは国際文化交流への貢献になっていることは言うまでもありません。
もうひとつの能動的対応は、もっとわかりやすいものです。
たとえ、経営的視点から見て、多少の無理があったとしても、それでお客様や世間様が喜んでくださるのならば、それをやってしまうという姿勢です。
それを受けた側は、「まさか、そこまでしてくれるとは思わなかった!」と感激し、当初は、ムダ・ムラ・ムリの典型と思われたことが、結果的に、経営に好影響を及ぼすことになる訳です。
しかし、大事なことは、それを最初から狙って、あざとくやってもうまくは行かないということです。
どうすれば感謝の気持ちを伝えられるか、どうすれば喜んでいただけるか、ということを考え抜いて行ってこそ・・・ですし、それとても、すべてが好結果を呼ぶとは限りません。
打率は必ずしも高くないかもしれないのです。
だからこそ、「ムダ・ムラ・ムリを楽しむ」心の余裕が大切なのです。
こうした姿勢は、ひとり「法師」だけに見られるものではなく、実は、最先端の医療技術と、抜群のホスピタリティで世界的に評価の高い、ある大病院の経営にも見出されるのです。
それを次回、お伝えしたいと思います。 (この回、終わり)