MDウォークマンの終了で僕らが失ったもの
2011年9月、SONY最後のMDウォークマンが国内から姿を消します。iPodの登場からハードディスクに音楽をコピーするのが当たり前になり、さらにクラウドというネットワークの向こうに音楽データを置いて様々なデバイスで楽しむような時代になってきました。
今回、ソニーのMD終了のニュースに「MDなんか、まだあったのか!」と、ちょっと馬鹿にしたように笑った瞬間、僕は酷い頭痛に襲われてしまいました。遠くなってくる意識。
気が付くと、そこは1980年。僕が中学生の時代でした。
レコードが一枚3800円。輸入版は2000円代で買えるのですが、材質が悪くぺらっぺら。やはり国内版を買うのが一般的でした。レコードは、当時のお小遣いでは大変高価な買い物であったにもかかわらず、針をレコード板に落して再生するため、いったん傷をつけてしまったら、大変なことです。レコードをかける前にも高価なスプレーをして綺麗にした後で、息を殺して針をのせる。その瞬間の緊張感とワクワク感。すっかり忘れていました。
今、音楽データをワンクリックでコピーしている世代には絶対にわからない感覚でしょう。
当時、レコードはカセットテープという磁気テープにコピーして楽しむ人も多かった。レコードが消耗してしまうという恐怖もありましたから。
レコードは高価だったので、僕らの音楽情報はもっぱらラジオからテープへの録音でした。僕は、土曜日学校が終わると午後2時から始まる“ダイヤトーン ポップスBEST10”を聴くのが最高の楽しみでした。全米のヒット局を無料で聴くことが出来るなんて、なんて素晴らしい!1曲、1曲をテープにポーズボタンを操作しながら録音したものでした。
友人のさんちゃんが、僕のところに物凄く興奮した顔で駆け込んできました。
「エリック!!す、す、す、凄いんだ!」
「レコードを300円で貸してくれる店が出来た。皆で、がんがん借りて、テープに録音しまくろうぜ!!」
咲さん、僕は知っていたのです。このレコードのレンタルから、僕らはレコードの中の世界の魅力をどんどん失っていくことを、そして今後アーティスト達がこのコピー文化のために苦しんで行く事を。
1982年になりレコードという再生の度に板を消耗するメディアから、CD(コンパクトディスク)と呼ばれるデジタルデータを記録し、再生するメディアが登場しました。CDの登場で、何度再生しても、元の音源が消耗することのない永遠の命としてレコードが進化したのです。1986年には販売枚数でレコードはCDに追い抜かれ、レコードは急激に存在感を失うことになりました。
CDがレンタルされることによって、音楽はコピーしてあたりまえ、いや、コピーしなきゃ損のような論調になyってきました。そんな中、コピーを記録する革新的な技術として登場したのがMD(Mini Disk)です。デジタルデータをディスクに記録するという信じられないような技術は、僕らの度肝を抜きました。本当に、びっくりした。
その後、CD-Rの登場で、CDの完全コピーが簡単に出来るようになり、iPodの登場でハードディスクという機器に内蔵されたものに記憶したりと、コピー、コピー、コピーの時代になってきたのです。
2010年、カセットウォークマンの生産が終了し、今年2011年、MDウィークマンの国内生産が終了されます。
音楽を記録する媒体の進化と共に、どんどん、簡単に入手できる音楽データ。そう、音楽は、“データ”になってしまった。
咲さん、僕らがなけなしの小遣いで買ったレコード。大切に、大切にしていたレコード。それは、決してデータではなかった。僕らの大切な宝物だったのです。時代と共に消耗品となっていく音楽。そんな流れのなかで、僕らは幸せになったのでしょうか?
「しぇんしぇ~!あの時代に戻るぜよ!」頭の中から聞いたことのある声、そして激しい頭痛が。
気がつくと、僕はiPhone、iPadが置いてある現在の部屋に。僕のCDデータは、全てパソコンの中にあります。
僕は、もう再生するプレイヤーのないレコードを手に呆然と立ちすくんでいました。
そして、レコードに針を落す瞬間の緊張感を、ワクワクを感じられない自分に、どこか哀しくなりました。
僕らは、あまりに大きなものを失ってしまったのではないでしょうか?
(続く)