劇場アニメ『虐殺器官』に見る、米国とテクノロジーのゆくえ
先週2/3に公開された劇場アニメ『虐殺器官』を早速見てきました。
(ネタばれは含みませんが、ヒントはあるので、未見の方はご留意の上お読みください)
■PROJECT ITOH 伊藤計劃
2009年に34歳の若さで亡くなった作家・伊藤計劃(けいかく)氏の原作小説3作を劇場アニメ化するプロジェクト「Project Itoh」。その最後の劇場アニメでもあり、伊藤氏のデビュー作でもあるのが、2007年に発表されたこの『虐殺器官』でした。
舞台は米国。9・11以降のテロを発端として、先進諸国では徹底的な(過度な)セキュリティ管理体制に移行してテロを一掃。しかし一方で後進諸国では、内戦や大規模虐殺が急激に増加。主人公である米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その内戦や虐殺の裏で糸を引くといわれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう......というところからストーリーが展開していきます。
実はこの劇場アニメ『虐殺器官』は、ほかの2作品と同時期の2015年末に公開される予定だったのですが、制作を担当したアニメ会社が経営破綻をしたことにより、公開が延期されていました。その後、メインスタッフを引き継いで新会社が設立され制作継続が決定し、ようやく2017年2月に公開されることとなりました。
■皮肉にも米国の方向性にマッチする内容に
本作における先進諸国では、ITによる「監視社会」によって安全が確保される代わりに、個人の行動は徹底的に管理されています。また、それを実現するテクノロジーはすべて「自国の安全のため」に使用されます。最近どこかで聞いたような話ですね。
そう、トランプ政権となった米国の「自国第一主義」の現状と、『虐殺器官』で描かれる未来のアメリカ像が、皮肉にもタイミングが合ってしまいよりリアルさが増しているのです。自分の国さえ安全であれば――そうした排他主義が進んだ結果どうなるのか、そこで起こる悲劇を描いた作品でもあると言えるでしょう。実は、もう1つ今回の大統領選で話題となった「フェイクニュース」についても本作と密接なつながりがあると個人的には感じているのですが、そこはぜひ映画や小説を読んでご判断いただければと思います。
■アニメ映画としての魅力と、注意点
ちなみに、いちアニメファンとして、今回の劇場版は満足できるものでした。眉目秀麗なキャラクターの表情の描き方、緊張感あふれる戦闘シーンの演出、声優陣の演技、描かれる世界各地の美しい景色。
ただ、「戦争」や「テロ」をメインテーマにしているため、戦闘というよりは「殺戮」というべきシーンも多く、そのリアルな描写も相まってグロテスクなシーンも多くありました。戦争とは凄惨で、悲惨なものである、というのをしっかり描こうという制作陣の意図が伝わってきました。「R15+」指定されているとおり、手放しで万人にオススメできるものではないことは明記しておきます。そういった表現をあまり苦にせず、上記のテーマについて関心をもつ人であれば、小説とともに一度ご覧いただきたい作品です。
なお、テクノロジーに関心のある人であれば、作中で取り入れられている「近未来のテクノロジー」にも興味をひかれるでしょう。感情調整、人工筋肉、コンタクト型のAR、そのほか「攻殻機動隊」に出てくる光学迷彩のような装備などなど。ただ、それは戦争がもたらした技術進化なのか、技術進化が戦争をより高度なものにしてしまっているのか......。自らが生み出したテクノロジーによって、いつの間にか破滅への道を歩んでしまわないよう気をつけたいものです。