5G投資は2027年に920億ドルでピークへ──その先に待つ「空白の3年」とは
米調査会社ABI Researchは2026年3月26日、世界のモバイルネットワーク向け屋外インフラ投資が2027年に約920億ドル(約13.8兆円)でピークを迎えるとする予測を公表しました。
Mobile Network Spending to Peak at US$92 billion by 2027 as 5G Buildouts Wind Down ahead of 6G
5Gの人口カバー率は2025年末時点で60%に到達し、主要国での基地局整備が一巡しつつある状況です。一方で、次世代規格6Gの商用化は2030年と想定されており、ピーク後の投資額は2031年までに650億ドルへ縮小する見通しとなっています。通信事業者にとって、5G投資の回収と6Gへの備えを同時に進める「移行期のマネジメント」が経営課題として問われています。
今回は、5G投資ピークアウトの構造的背景、Open RANの台頭と既存ベンダーの力学や各国の投資動向の違い、そして、今後の展望について取り上げたいと思います。

920億ドルの頂点──何がピークを形成しているのか
ABI Researchの予測によると、世界のモバイルネットワーク向け屋外インフラ支出は2025年に横ばいの成長を記録し、2026年から2027年にかけて約920億ドルのピークに達するとしています。この数字の背景には、複数の投資サイクルが重なり合う構造があります。
先行してきた米国、韓国、中国では5Gの面的展開がほぼ完了し、現在はネットワーク高密度化やミリ波帯域の活用といったフェーズに移行しています。一方、インドでは3年間で50万局以上の5G基地局が設置され、マレーシア、アルゼンチン、ペルー、ベトナムなど新興国市場でも2026年にかけて展開が続く見込みです。先進国の「仕上げの投資」と新興国の「本格展開」が同時期に重なることで、全体としての投資額がピークを形成している構図です。
しかし、この構造には持続性がないことも明らかです。先進国での投資が縮小フェーズに入る2028年以降、新興国の投資だけではその落ち込みを補えない状況が想定されます。920億ドルという数字は、5G時代の投資サイクルにおける到達点であると同時に、転換点でもあると考えられます。
ピークアウト後の650億ドル──投資はどこまで縮むのか
ABI Researchは、2031年までにモバイルネットワーク向け支出が650億ドルまで減少すると予測しています。ピークからの減少幅は約270億ドル、率にして約29%に相当します。この縮小は、5Gの「建設期」が終わり「運用・最適化期」へ移行することを反映したものです。
通信業界の調査を手がけるDell'Oro Groupも、通信事業者の設備投資が2027年にかけて年率マイナス2%のペースで縮小するとの見通しを示しています。欧州では、設備投資の売上高比率が2021年のピーク時の25%から、2025年から2027年には16%程度に低下すると想定されています。
通信機器ベンダーの業績にも、その兆候は表れています。エリクソンは2025年のRAN事業が横ばいとなり、2026年も同様の見通しを示しています。ノキアのモバイルネットワーク事業もフラットな推移にとどまり、ZTEはキャリアネットワーク部門で2025年上期に前年同期比5.9%の減収を記録しました。投資の「踊り場」は、サプライチェーン全体に波及し始めている状況です。

Open RANの成長と「主役交代」の現実
5G投資の縮小が見込まれる中で、成長領域として期待されているのがOpen RANです。ABI Researchの予測では、Open RANの導入は2031年まで年平均成長率(CAGR)26.5%で拡大し、設置ベースの約23%を占めるに至るとしています。
Open RANは、通信基地局のハードウェアとソフトウェアを分離し、異なるベンダーの機器を組み合わせて運用できるアーキテクチャです。通信事業者にとっては、特定ベンダーへの依存度を下げ、総保有コスト(TCO)を削減できる可能性があるため、導入への関心が高まっています。Analysys Masonの分析では、適切なプラットフォーム戦略のもとでOpen RANがTCOを最大30%削減できるとの試算も出ています。
ただし、この成長率にもかかわらず、2031年時点で設置ベースの約77%は依然として従来型のアーキテクチャが占める計算になります。エリクソン、ノキア、サムスンといった既存の大手ベンダーがRAN市場の主要なシェアを維持する構図は、当面変わらないと考えられます。Open RANは補完的な選択肢として市場に浸透しつつありますが、「主役交代」と呼ぶにはまだ距離がある状況です。

日本市場の位置づけ──30万局整備後の投資戦略
日本の通信市場も、このグローバルな投資サイクルの中にあります。2024年度末時点で国内の5G基地局数は約30.2万局に達し、そのうちインフラシェアリングを活用している基地局が16.5万局と半数を超えました。
主要キャリアグループの2024年度の設備投資額は合計2兆3,161億円で、2025年度にはNTTグループやKDDIグループ、楽天モバイルの投資拡大により、前年度比13.2%増の2兆6,211億円が計画されています。しかし、この増加は一時的なものと見られています。ソフトバンクは2026年度以降、5Gエリア展開の一巡を理由に投資を抑制する方針を示しており、2026年度以降のキャリア全体の投資額は2024年度並みの水準へ戻ると予測されています。
日本の通信事業者が直面する課題は、5Gネットワークの収益化です。グローバルと同様に、インフラ整備に多額の投資を行いながら、消費者向けサービスの平均収入(ARPU)が伸び悩む構造が続いています。ネットワークスライシングやプライベート5Gなど、法人向けの新たな収益源の確立が、投資回収のカギを握るでしょう。
6G前夜の産業構造──2028年から2030年に何が起きるのか
5G投資がピークアウトする2028年以降、次世代規格6Gの商用化が始まる2030年までの期間は、通信産業にとって戦略的な「準備期間」となります。3GPPの標準化ロードマップによると、2025年から2027年がスタディフェーズ、2027年から2029年が仕様策定フェーズ、そして2030年に初期商用展開という流れが想定されています。
この移行期に注目されるのが、5G-Advancedの役割です。3GPP Release 20で策定が進む5G-Advancedは、6Gへの橋渡しとなる技術群を含んでおり、AI/MLを活用したネットワーク最適化やNTN(非地上系ネットワーク)の本格運用が期待されます。通信事業者にとっては、5G-Advancedへの段階的なアップグレードを通じて、既存設備の延命と新技術の検証を両立させる戦略が求められています。
6Gの標準化をめぐる国際的な主導権争いも、この期間に本格化します。中国企業(ファーウェイ、ZTE)は3GPPへの技術貢献で先行しており、欧州勢(エリクソン、ノキア)はアーキテクチャ設計で存在感を示しています。米国はクアルコムやインテルなどの半導体企業、グーグルやマイクロソフトなどのハイパースケーラーを通じた影響力の行使が特徴的です。日本ではNTTがIOWN構想を基軸に光通信技術での差別化を図っており、韓国のサムスンはテラヘルツ帯やAI技術での貢献を進めています。

通信事業者の経営判断──投資抑制と競争力維持の両立
ピークアウト後の投資環境において、通信事業者の経営判断はより複雑なものとなります。S&Pグローバルの分析によると、設備投資の抑制によって欧州通信事業者のレバレッジ比率は過去10年で低水準に向かっており、財務体質の改善が進んでいるとしています。この余力が、2020年代後半の6G投資に向けた原資となることが期待されます。
しかし、投資を絞る期間が長引くことには別のリスクが伴います。ネットワーク品質の維持、セキュリティへの対応、そしてAIやエッジコンピューティングなど隣接領域への展開には、継続的な投資が必要となります。設備投資の売上高比率が15%程度まで低下する見通しの中で、どの領域に優先的に資金を配分するかという判断が、次世代における競争力を決定づけるでしょう。
通信機器ベンダーの側でも、構造的な変化への対応が進んでいます。エリクソンとノキアは、インテルの18Aプロセスを活用した次世代チップセットの開発を進めており、半導体レベルでの差別化が新たな競争軸になりつつあります。RAN市場が縮小する中で、ソフトウェアやサービスへの収益構造の転換を急ぐ動きは、ベンダー間の再編を加速させる可能性があります。
今後の展望
2027年の920億ドルというピークは、5G時代のインフラ投資サイクルの完成を象徴する数字です。そこから2031年の650億ドルへの縮小プロセスは、通信産業全体の構造再編を促す推進力になると考えられます。
短期的には、Open RANの拡大とベンダー間競争の激化が進む一方で、既存の大手ベンダーの優位性は2020年代を通じて維持される見通しです。中長期的には、6Gの標準化に向けた国際的な主導権争いが2027年以降に本格化し、AI・光通信・テラヘルツ帯といった基盤技術の蓄積が各国・各企業の立ち位置を規定していくでしょう。
日本の通信事業者にとって重要なのは、5G投資の回収期に入る2026年度以降、法人向けサービスの収益化を加速させつつ、6G時代の技術基盤であるIOWNやNTN領域での国際標準化への関与を維持することです。設備投資の「量」から「質」への転換が、次世代での競争優位を確保するための条件となるでしょう。
5Gから6Gへの移行期は、投資の「谷間」であると同時に、次の10年の産業構造を形作る「設計期間」でもあります。この期間にどのような戦略的選択を行うかが、2030年代の通信産業における各プレーヤーのポジションを決定づけることになると想定されます。
