AIエージェント時代の働き方
米国のWorkday社は2025年8月12日、「AI Agents Are Here--But Don't Call Them Boss」と題する最新のグローバル調査を発表しました。
同社は人事・財務領域を中心にAIを基盤としたプラットフォームを展開しており、今回の調査ではAIエージェントが職場に浸透しつつある一方で、従業員の受容には明確な条件が存在することが明らかになりました。
調査対象は北米、欧州・中東・アフリカ(EMEA)、アジア太平洋(APAC)の約3,000人に及ぶ意思決定者や実務責任者であり、その規模からもグローバルな視座を持つ貴重なデータといえます。
調査によると、従業員の75%が「AIと共に働くこと」には前向きですが、「AIに管理されること」には30%しか賛同していません。これは、AIの活用拡大が単なる効率化の問題にとどまらず、組織の在り方や人間性との調和をいかに実現するかという根源的なテーマにつながります。
今回は、この調査が浮き彫りにした人材活用とAI導入の現状、信頼構築の条件、生産性と人間性のバランス、そして金融分野における新たな可能性について掘り下げ、今後の展望を探っていきたいと思います。
AIは「共働者」か「上司」か
Workdayの調査によると、従業員の多くはAIを「共働者(co-pilot)」として受け入れています。AIがスキル習得を支援したり、業務の補助を担ったりすることには前向きですが、権限を持つ「指揮官(commander)」としては強い抵抗感が存在します。
AIと共に働くことに抵抗がないと答えた割合は75%に達した一方で、AIに管理されることに同意したのは30%にとどまりました。さらに、AIが「裏方」として人知れず稼働することに安心を感じる従業員は24%しかいませんでした。
この結果は、AI導入を進める企業が直面する重要な課題を示しています。AIを「人間の代替」ではなく「支援役」と位置づけることが、従業員の心理的受容を高める上で必要になるのです。もし管理や意思決定といった領域でAIを前面に立たせるのであれば、透明性と説明責任をいかに担保するかが問われます。
使えば信頼は高まる ― 経験がもたらす心理的転換
AIに対する信頼は「経験量」に強く依存していることも調査から浮かび上がりました。AIをまだ試行段階で利用している組織では、AIが責任を持って使われると信頼している割合は36%にとどまっています。しかし導入が進み、日常的に活用するようになった企業では、その割合が95%に跳ね上がっています。
これは、AIが「未知の存在」から「実際に役立つツール」へと認識が変化する過程を映し出しています。従業員がAIの具体的なメリットを体験することで心理的抵抗が和らぎ、むしろ積極的に信頼を寄せるようになるといいます。
このプロセスを加速させるには「透明性」が欠かせません。AIがなぜその判断に至ったのか、どの範囲で利用されるのかを明示する取り組みが、従業員の安心感を生み出す鍵となります。企業がAI導入を拡大する際には、単なるトレーニングやツール導入にとどまらず、「人間中心のAI利用文化」を育成する必要があるでしょう。
生産性向上と人間性のバランス
AIに対して最も期待されているのは「生産性の向上」です。調査では9割近くの従業員がAIによる業務効率化を歓迎しています。スケジュール調整、資料作成、分析作業など、時間を奪うタスクをAIが担えば、人間はより創造的で付加価値の高い業務に集中できると考えています。
一方で、懸念も浮き彫りになりました。48%が「効率化がかえって業務プレッシャーを増大させる」と回答し、同じく48%が「人間の批判的思考力が低下する」との不安を抱いています。また36%は「職場の人間的交流が減少する」と指摘しました。
この二面性は、AIが「効率の追求」と「人間らしさの維持」という二つの価値の間で引き起こす緊張関係を端的に示しています。企業に求められるのは、AIによる効率化を単なる時間短縮に終わらせず、従業員が成長や学び、交流を深められる方向へとつなげる工夫です。AIは人間性を損なう存在ではなく、人間の可能性を拡張する存在として位置づけるべきだという意識転換が重要となります。
金融分野に広がる実践的可能性
調査結果で注目すべきは、金融分野におけるAIエージェントの受容度です。公認会計士や財務専門人材の不足が世界的に課題となる中で、76%の金融業従事者が「AIが人材不足の解消に役立つ」と回答しました。しかも、AI導入による失職を懸念しているのは12%に過ぎません。
具体的な活用領域としては、予算策定や財務報告(いずれも32%)、不正検知(30%)が挙げられています。これらは従来から人手と時間を要する業務であり、AIのスピードと精度が特に効果を発揮しやすい分野です。
この傾向は、金融領域におけるAIの存在意義が「人間の仕事を奪う」ものではなく、「人材不足を補完し業務を高度化する」ものとして理解されつつあることを示しています。むしろ、AI導入によって従業員はより戦略的な業務に専念できると捉えられており、将来的には金融プロフェッショナルの役割が大きく再定義されていく可能性があります。
今後の展望 ― 人間中心のAI社会を設計する
Workdayの調査は、AI導入がもたらす期待と不安の両面を示しています。結論として浮かび上がるのは「AI導入は技術課題ではなく、文化課題である」という認識です。
今後、企業に求められるのは次の3点です。
透明性の確保:AIの判断根拠や利用範囲を明示し、従業員が納得できる環境を整備する
人間中心の設計:AIを「上司」ではなく「同僚」と位置づけ、人間の判断や創造性を尊重する
持続的な教育と対話:AI活用の経験を通じて信頼を積み上げると同時に、懸念を解消するための対話を続ける
その先に見えてくるのは、AIが従業員一人ひとりの能力を拡張し、人間らしい働き方を実現する未来です。効率化や自動化にとどまらず、批判的思考や人間同士の交流を守りながら、職場環境を築くことが重要となるでしょう。