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エージェンティックAIで顧客接点は変わるか

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近年、チャットボットや自然言語処理の進化によってAIがビジネスの中核を担う機会が増えました。こうしたAI技術は、金融や医療、製造など幅広い分野において作業の効率化を進めてきましたが、今後は顧客サービスの領域でも抜本的な変革が起きるといわれています。

Gartnerは、2029年までに「エージェンティックAI」が80%の顧客対応を自動化し、人間の介在を必要としない領域を飛躍的に拡大すると予測しています。

Gartner Predicts Agentic AI Will Autonomously Resolve 80% of Common Customer Service Issues Without Human Intervention by 2029

企業はコスト削減やサービス向上に期待する一方、顧客体験やデータの扱いなど、新たな課題も浮かび上がっています。先行きには懸念もありますが、イノベーションの推進や顧客満足度の向上が見込まれる点は無視できません。今回は、この「エージェンティックAI」による顧客サービスの変化や影響を多角的に取り上げたいと思います。

エージェンティックAIとは何か

エージェンティックAIとは、従来のAIが担ってきた「情報検索」や「会話支援」といった受動的なタスクから一歩進み、AI自体が自律的に行動を起こす技術を指します。具体的には、顧客がAIに問い合わせをした際、テキストを返すだけでなく、実際にサービスの手続きを行ってくれたり、ウェブサイト上のユーザーアクションを代理で実行してくれたりする点が最大の特徴です。

従来のAIは問い合わせ内容を理解し、最適な回答を提示していたものの、最終的には人間による操作や判断が必要でした。しかし、エージェンティックAIは問い合わせ内容を理解した上で、必要なアクションを自動的に実行します。例えば、サブスクリプション契約の解約手続きをAIがすべて行ってくれたり、物流の最適化をリアルタイムで調整してくれたりします。

Gartnerのレポートによると、2029年には日常的な問い合わせの80%が人手を介さずにエージェンティックAIだけで解決されると見込まれています。これは企業側には30%もの運用コスト削減をもたらす可能性がある一方、新たな顧客体験の創出やサポート人材の再配置を急務とするなど、大きな波紋を呼び起こすと考えられます。

顧客サービスを取り巻く変革

顧客接点の自動化と新たな体験

エージェンティックAIが普及することで、顧客サービスは「待ち」の姿勢から「自動対応」へと大きくシフトします。これまでは顧客が困ったときに初めて問い合わせを行い、担当者が応じるのが一般的でした。エージェンティックAIは事前にトラブルを察知し、能動的に解決策を提示できるようになります。さらに、顧客の代わりに必要なフォームの入力を行ったり、料金や契約条件の交渉を自動的に実施したりするため、顧客にとっては手間のかからないストレスフリーな体験が期待されます。

人間からAIへの役割シフト

一方で、サービス提供側も大きく変革を迫られます。従来のカスタマーサポート担当者は「顧客からの問い合わせを受け、回答する」ことが主な業務でしたが、今後はAIからの問い合わせが増えることが予測されます。これは、顧客自身がAIを利用して問い合わせや手続きを行う構図が一般化するためといいます。

この流れの中では、人間の担当者はより高度なクレーム対応や、AIでは解決できない複雑なケースや感情的な配慮を必要とするケースなどに注力するようになります。また、AIを活用したオペレーション全体の最適化をモニタリングし、細部を調整する役割も増えていくとしています。サービス現場の労働形態が変わり、これまでのような単純な問い合わせ対応員は削減される代わりに、新しいスキルを備えたスタッフのニーズが高まるといいます。

エージェンティックAI導入によるメリットと懸念

エージェンティックAIがさまざまなメリットをもたらす一方で懸念もあります。

メリット

1.コスト削減
Gartnerが示すとおり、80%の問い合わせが自動化されることで、運用コストは大幅に削減される見込み。人件費の削減はもちろん、顧客が電話やメールで待たされる時間が減ることによって満足度も高まる

2.自動化による新たな顧客価値
AIが手続きや条件交渉を代行することで、顧客はスピーディーな解決策を得ることが可能に。消費者のみならず、企業間の契約交渉においてもエージェンティックAIが活用されれば、より精密な条件設定が可能に

3.高度なパーソナライズ
AIが顧客データを分析し、最適な対処法を自発的に考案するため、一人ひとりに合ったサービス体験が提供されやすくなる。マニュアル対応では限界があった「顧客ごとに最適化された対応」が、AIならリアルタイムに実現可能に

懸念と課題

1.プライバシーやセキュリティ
AIが顧客情報を取り扱う範囲が拡大するほど、データセキュリティの重要性が増す。特に、自律的に行動するAIは人間がチェックしきれない部分で誤作動や情報流出を起こす可能性があり、企業の責任問題に発展するリスクがある

2.AI倫理や不公平な判断
AIが学習データの偏りによって不公平な判断を下す危険性。エージェンティックAIが意思決定まで担うようになると、公平性の担保がいっそう厳格に求められる。差別的な応対や過度な自動化による機械的対応で、顧客体験が損なわれる可能性

3.従業員の雇用とスキルの問題
大量の問合せ対応業務がAIに置き換えられる一方、人が担当する業務が高度化する流れに。AIを扱うスキルを持った人材育成や、業務プロセスの再構築をどのように進めるかが課題に。迅速に対応できない企業は、人材のミスマッチやサービス品質の低下が避けられなくなる可能性

エージェンティックAI導入に向けて

エージェンティックAI導入に向けては、いくつかのポイントを考慮して導入を進めていく必要があります。

1.スケーラブルなインフラ構築
AIが大量のリクエストを処理できるように、サーバーやネットワークなどのインフラが耐えうる設計をする必要。急激な問い合わせ増に対応できないと、かえって顧客満足度の低下につながる恐れも

2.サービスモデルの再定義
これまでのように「人間と顧客の1対1」のみを想定していたサービスモデルは、AIが介在することで大きく様変わりする可能性。顧客サービスチームはAI専用ルートを設けたり、AIとのインタラクションを考慮したナレッジベースを作成したりするなど、運営体制を再構築することが不可欠に

3.AIインタラクションポリシーの策定
AIが顧客を代理して行動する際、どこまでの権限を与えるか、データの取り扱いをどう管理するかは大きな争点に。データプライバシーやセキュリティ、誤作動が起きた場合の責任範囲を明確化しておかないと、コンプライアンス上のリスクが生じる可能性も

4.プロダクトチームとの連携
外部AIに頼りきるのではなく、自社のプロダクトやシステムに組み込み型のAIを搭載することで、顧客データの活用範囲やプロアクティブな問題解決能力が高まる。プロダクトチームとの連携は、顧客情報を一元管理したり、顧客満足度を向上させたりする上で重要に

今後の展望

エージェンティックAIが普及する未来は、企業と顧客の関係を抜本的に変えていく可能性があります。顧客がカスタマーサポートに直接連絡するのではなく、AI同士が事前に問題を解決し、必要な部分だけ人間が判断を下すという構図が主流になるという可能性も予測されます。

こうした流れが進むと、企業のサービス戦略は「AIとの連携」を前提とした設計が求められます。オンライン接客やEC、請求や物流の最適化まで、すべての領域にAIを組み込むことで顧客ロイヤルティを高める動きが加速する可能性もあります。

人間が担うべき役割は「高付加価値の対応」にシフトしていくことが求められます。AIでは補いきれない共感力や創造力、複雑な権利交渉やイレギュラー対応などは、人間ならではの強みとして残るでしょう。

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