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マレーシアでの夏の思い出

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宿題となっている「あの夏の思いで」ですが、マレーシアで夏の思い出を少し整理してみたいと思います。

マレーシアに研修生として赴任したのは1999年6月。当時のマレーシアでは、マハティール首相が提唱するMSC(マルチメディア・スーパー)プロジェクトが進んでいました。首都クアラ・ルンプール南方にある「サイバージャヤ」に15x50kmのガーデン・コリドーをつくり、世界最高水準のインフラを構築し、マルチメディア都市を作るという壮大な計画でした。当時のサイバージャヤはまだジャングルでようやく都市計画が始まり、土地の整備をしているという状況でした。

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(1999年当時のサイバージャヤ)

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(当時のサイバーロッジ)

当時は、国際イベントの企画運営、日系企業への営業及びLAN構築のサブプロジェクトリーダ等の業務をしていました。営業では、マレーシアに進出している超大手企業を訪問し、各社の幹部(日本人)にいろいろプレゼンするなどの貴重な経験をさせていただきました。半年という短い期間でしたが、グローバルビジネスとはどういうものか、肌で感じることができました。また、出張でもジョホールバルから、ボルネオ島の上に位置する連邦領ラブアンまでマレーシア各地を仕事で回ることができたのはいい思い出となっています。

プライベートでは、マレーシア各地の島に旅行をしました。ペナン島、ランカウイ島、ティオマン島など、どれも魅力的な島で南国の海を堪能しました。定年退職を迎えたら、家族さえ許せばペナン島に移住してみたいなあと思っています。年金だけで日本で暮らすのはなかなか大変なのですが、マレーシアの場合は物価も安く、英語も通じ、そして治安も比較的よく、日本人でも安心して暮らせるのではないかと感じています。また、マラッカでは、オランダ、中国、ポルトガル、そしてイギリスなどいろんな文化が交じり合い、魅力的な街でした。

私自身、小学生の時に、インドネシアに4年間弱住んでいました。その経験から社会人になってから是非、東南アジアで仕事をしてみたいと考えていました。社会人になって、その希望が叶い、現地で様々な経験ができたことは、今でも大変貴重な思い出として残っています。   

Comment(1)

コメント

海外に、仕事で、しかも新規プロジェクト立ち上げで赴任できるのは、とても貴重な経験ですね。
定年後ペナン島に移住されたら、遊びに行きます(断られても、嫌がられても)。

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