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「1兆円を盗んだ男」感想文 サムくんを盲信した人はたぶんASIも盲信する

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イーロン・マスクよりさらに理解できない人類かも――2021年ごろ、話題になり始めていた暗号資産取引所FTXのCEO、サム・バンクマン・フリードを動画で見た第一印象でした。ぼさぼさ頭によれたTシャツに短パン。「自閉スペクトラム症」っぽかった。頭脳明晰だけど"普通の"人間関係は築けない感じ。

下の画像は、ほぼ絶頂期の2022年にサムくん(名前長いのでこう呼ばせてもらいます)が登壇したイベントの動画からもってきました。ちゃんと話をしているように見えますが、相手と目を合わさないし、貧乏ゆすりしてます。samonevent.jpg

今年の3月に禁錮25年の判決を受ける前後のサムくんの「なんで? なんで?」というような表情を見て、ああ、この人は心底罪の自覚がないんだなぁと思いました。

「1兆円を盗んだ男 仮想通貨帝国FTXの崩壊」は、このサムくんの盛衰を、あのマイケル・ルイスが書いて、かの小林啓倫さんが翻訳なさったという、面白くないわけがない1冊です。

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見るからに普通と違う20代の若者の破天荒なやり方を、大人たちがわけもわからずに受け入れて勝手に信用し、巻き込まれる流れは小説より奇なり。

ぶっちゃけ、2021年ごろには暗号資産とかビットコインとかの仕組みについて理解することはあきらめたんですが、ルイスさんもビットコインについて「説明されて理解したつもりになっても、翌朝目が覚めると、もう一度説明を聞かなければならない気がする」と書いてて、あー私だけじゃないんだ、とちょっとほっとしたりして。

それでも本書を読めば、サムの盛衰の背景にある「HFT(High Frequency Trading:高頻度取引)」や「効果的利他主義(Effective Altruism)」について知ることはできます。

HFT企業がサムくんのような自閉スペクトラム症っぽい人を集めて訓練して使っていることも、金儲けに興味のないゲームオタクのサムくんが企業を立ち上げたのは効果的利他主義の影響だったことも、本書で初めて知りました。

ルイスさんは、上り坂の途中でサムくんへの取材を始め、逮捕後まで密着しています。バハマのキャンパスの様子などもリアルに描いています。

サムくんとぎこちない恋愛関係にあったキャロライン・エリソンさんや、たぶん本当にいい人なんだろうなぁという幹部のニシャド・シンさん(いずれも有罪判決)も生き生きと描かれています。

特に精神科医でカウンセラーとして雇われていたジョージ・ラーナーさんが面白かった。オタクたちを否定しない数少ないまともな大人として、バハマのFTXキャンパスで従業員たちの相談にのっていました。

FTXにはまともな組織図もなかったのですが、ラーナーさんは従業員からの相談を整理するために独自の組織図を作成。翻訳版単行本のカバー裏には、その組織図が印刷されています(読み終わる直前に気づきました)。

HFTも暗号資産も、近いうちに自閉スペクトラム症の若者よりAIの活躍フィールドになるでしょう。

サムくんのやり方は、世界的な規模になる前に崩壊しました。これが、AIの進化形で人類の1万倍の知性を持つという「ASI」が相手だったらどうなるんでしょう。

「よくわからないけど、なんかうまくいってるから任せよう!」とASIに任せていたら、いつのまにか人間にとってではなくASIにとってうまくいくようになってるという未来もありそうだなぁと思いました。

読み物として面白いです(アフィリエイトにはしないけど、Amazonのリンクを貼っておきます)。

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