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ワーグナーとマイスター制度の将来

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楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の第1幕への前奏曲は、アマオケ関係者なら一度は演奏したことのある定番曲のひとつだ。弦楽器も管楽器もみんな全開でよく鳴る、いわゆる、弾いてて気持ちいい曲である。

オペラのストーリーは、徒弟制度の根付く中世ドイツの町で、親方の娘エヴァに求婚する歌合戦が開かれ、若者ヴァルターと相思相愛で結ばれる。めでたしめでたし、親方万歳、という話。複雑さや深刻さはあまりなく、ドイツの華やかな衣装をまとった大勢の出演者とともに行われる歌合戦を、純粋に楽しめる。

なぜ最後に「親方万歳」なのかというと、主人公は、その若者ヴァルターではなく、エヴァの父親ハンス・ザックスだからだ。ドイツでは、長らくマイスター制度が守られ、親方からは、職人として技術だけでなく、歌も習った。ハンス・ザックスは、靴職人としての腕もさることながら、歌手としてもすぐれ、さらに、人間としてもできていたので、人々の信望を集めていた、というわけだ。

ヴァルターは、伝統に対する新しい息吹の象徴として登場する。彼の歌は、これまでの形式を崩し、自由奔放である。ハンス・ザックスは、そんな彼の音楽を理解し、伝統との調和の中で新しい音楽を完成させていく。これは、前奏曲でも第2主題部(譜例)として登場する。後半になるに従って、だんだんリズムが崩れていっているのがお分かりいただけるだろうか。

ハンス・ザックスは、ヴァルターに対し、形式を大事にすることで、聴き手の理解を促すことができると説く。しかし、ヴァルターの奔放さは、新しい魅力であり、これを芸術として昇華させるために、伝統を理解してその枠を利用し、革新的なものを表現する方法を模索する。つまりは、破壊を伴わない改革である。

マイスタージンガーの前奏曲は、大学の入学式などの祝典序曲としても使われることが多いのだが、中間部で、こんな複雑な芸術の葛藤が表現されているとは、ちょっと場違いな感もあるな、とつくづく思っていた。

ところで、物語りの背景にあるマイスター制度は、今でもドイツの職人の技術を守る国家資格制度として残っている。しかし、人材の育成に非常に長い年月を要することから、市場の変化に機敏に対応できないという問題を抱えてるのも事実だ。特定業種は、マイスターの資格がないと開業できないため、就労の門戸を閉ざしていることになる。そこで、2003年から、マイスター資格が必要な業種を減らしたのだ。これにより、マイスターを頂点とした職人のヒエラルキーにも変化が起きている。職人の技を守り、雇用を確保するにはどうするべきか。この制度も、大きな岐路に立っているとのことだ。

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