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開発ツールビジネスの再生に格闘。マーケティングの視点で解説

説明が長くなるのは注意信号

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昨日の夜、新宿駅の山手線ホームにあがっていくと、すし詰めになった電車が停車していて、ホームにも人があふれていました。そして、構内アナウンスがガンガン響いています。しかし、遅延のお詫びやらなんやらで、なかなか原因と、このあとどうなるが聞こえてきません。こちらは、無理してでもこれに乗るべきか、ひとつ待つべきか、それとも埼京線のホームまで走るか、と即決したいところ、肝心の情報がなく、ただ、大変だー、というサウンドがこだましているだけでした。

確かに事故などで遅延した場合、また、その復旧について、確実な情報が入ってこない段階で、駅員の方は、お詫びや現在確実な事象を説明するしかないのですが、やはり苦しいらしく、「あー」やら「えー」がやたら入ってしまいます。個人差もあると思います、当駅どまりの電車に乗車してしまわないよう、注意を喚起するアナウンスも、やたら大音響でまくし立てますが、こちらはよいテンポで抑止効果を発揮しています。「この電車は当駅どまり」「ご乗車になれません」をこれでもか、と繰り返し、乗っちゃうとほんとに怒られるかもって思ってしまいます。

やはり、ものごといろいろな事情があると説明も長くなり、苦しくなるものですが、長々と説明したからといって、シンプルな説明以上に相手にちゃんと伝わるかは考えものです。特に、いろいろな但し書きが必要なときは、なおさらです。こんなこと書くと自分の首を絞めそうですが、長々と説明しなければならないときは、もっとシンプルにできないか考え、場合によっては、その複雑化させている原因を疑ってみる勇気も必要だと思います。

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