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「自分だけの武器」を持たねば、フリーランスとしては生きていけない。「オリジナルの戦略」を描けなければ、コンサルタントは務まらない。私がこれまで蓄積してきた武器や戦略、ビジネスに対する考え方などを、少しずつお話ししていきます。 ・・・などとマジメなことを言いながら、フザけたこともけっこう書きます。

小売業マーケティングにおける「5つの基本」

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「花屋のライバルは牛丼屋です。決して花屋ではありません」

 商談の冒頭、居並ぶ統括部長やマーケティング担当者らを前に、ボクはこんな話から切り出した。商談の相手は、ほかならぬ「花屋」。全国チェーン展開を目指しており、何かいいアイデアはないかと、マーケティングの相談があったのだ。「花屋のライバルは牛丼屋」とのおかしな話に、当然のように先方は戸惑いの表情を浮かべた。

『消費者の可処分所得の奪い合い』こそ、マーケティングの本質である。とあるビジネスマンのお小遣いが月に3万円なら、彼はそれをやりくりして食事をしたり本を買ったりするワケだ。ということは、企業にとって重要なのは、彼の3万円から「どのように、幾ら奪うか」だ。

 小さな花束が300円で、牛丼も300円。彼は300円かもしくはそれ以上の価値があると考えた場合のみ、300円を支払う。つまり、彼の300円を奪い合うのは花屋であり牛丼屋だろう。もしくは、コンビニかもしれないし出版社かもしれない。3万円のオーディオを売りたい電機メーカーなら、彼の食欲・物欲すべてを捨てさせ、彼の財布をまるごと強奪しなければならない。

 そう考えると、花屋のライバルは花屋ではないのだ。競合する花屋の動向をいくらリサーチしても、花屋らしいプロモーションを展開しても、それらはマーケティングの本質からズレている。なぜなら「腹減ったから300円で牛丼でも食おう」という消費者には、花屋のリサーチもプロモーションも響かないからだ。

 正しいマーケティングとは「腹減ったけど、300円で花でも買おう」と、消費者に思わせること。言い換えれば、牛丼屋に払うつもりだった300円を奪い取ることだ。むろん「あの花屋でなく、この花屋で買いたい!」と、まっさきに思い出してもらわなければならない。

 では、企業のマーケ担当者は何をすべきか? それは『いかに自社のモノ・サービスを売るか』を、徹底的に考えることにほかならない。そのために最初にすべきは、「花屋のライバル=花屋」といった常識を捨てることからスタートすべきなのだ...。

マーケティングは誰でもできる

 ボクはいつもマーケティングやプロデュースのオファーが入ると、こんな感じの話から始める。なかには「ハイ?」と首を傾げる人もいるが、花屋の担当者らは柔軟で、すぐにボクの意図を理解してくれた。

 それは小売業トップ「イオン」が、新規ビジネスとしてチェーン展開を始めた花屋ブランド『ルポゼ・フルール』。これまでイオンの店舗内で展開していた〝スーパーっぽい花屋〟のイメージを払拭し、なおかつ路面店として独立させるとの戦略だった。

 課題は、新しい花屋として「いかに花を売っていくか」「いかにブランドを広めていくか」。まさにマーケティングであり、ブランディングでもあった。結局、マーケティングを含めたブランドプロデュースを任されることになった。

 昔から「そもそもマーケティングって何?」と質問をされることが多い。そこで今回はボクなりに、改めてマーケティングの基本的な話を書いてみようと思う。というのも、マーケティングには常に多くの誤解がつきまとうからだ。

 広告やリサーチのみをマーケティングと思い込んだり、プロモーションやWebこそ重要と考えたり、迷っている企業はかなり多い。もしくは、マーケティングを学問のように捉え、ビジネス書を読み漁って理論武装するビジネスマンも多数見受けられる。

 どうやらマーケティングは「専門性が高く」「難易度が高い」ゆえ〝マーケティング部がやるべき〟と思い込んでいるようだが、実はマーケティングは誰でもできる。というより、誰もがすべき領域なのだ。

「いかにモノ・サービスを売るか」がマーケティングの本質なら、日々すべての社員が真剣に考えているに違いない。ということはマーケティング部だけでなく、営業部から人事部から教育部から、あらゆる部署の人々がすでにマーケティングを実践していることになる。

 ただし、マーケティングに明確な答えはない。100社あれば100通りの売り方・考え方があり、一般化・体系化して説明するのはどだい無理な話である。ただし〝一般消費者を相手に店舗を構える小売業〟に限って言えば、少なくとも押さえておくべき「5つの要素」がある。

 消費者の行動パターンに沿って考えることだ。

 小売業は、消費者と接するポイントが主に5か所ある。それは「1.店舗」「2.内装」「3.商品」「4.店員」「5.HP」。つまり、消費者は「1.お店を見つけ(=店舗)」→「2.中に入り(=内装)」→「3.モノを選び(=商品)」...といった行動パターンを取るだろう。それに従い、それぞれの箇所で「いかにモノ・サービスを売るか」を検討すればいいのだ。

 ちなみにここで言う小売業とは、街中に店舗を構えて消費者と相対するすべての業態を指す。花屋などの物販だけでなく、料理を提供する飲食業、サービスを提供するエステや旅行代理店なども含む。

 今回は、花屋「ルポゼ・フルール」を参考に、小売業におけるマーケティングの5つの要素を簡単に解説していきたい。ホントに簡単だが...。

要素1 店舗は「顔」 美人ほど惹かれる

「店舗デザイン」「ロゴ」「看板」から、「ウィンドウディスプレイ」「ライト」「張り紙」まで...。街を歩く人々の視界に入るものすべてが「店舗」にあてはまる。消費者のアイキャッチが重要で、第一印象は大きいもの。店舗は言わば企業にとっての〝顔〟であり、人間同様、汚い顔よりはキレイな顔の方が好まれるのは、言うまでもないだろう。

 花屋であれば、ウィンドウにたくさんの花を飾り、華やかな店舗をイメージして作ると、遠目からも一目で「花屋」と分かる。これが一般的な手法だ。

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 ちなみにルポゼ・フルールの外装は、黒をメインにした落ち着いた佇まい。いかに売るか=「シックな感じで花を売りたい」という意図の現れだ。また、イオンの赤いロゴがほとんど見えないくらい小さいのは、「スーパーの花屋っぽく見られたくない」という戦略。

 隠れ家系の飲食店など、あえて分かりづらい外装で消費者の好奇心を誘うこともある。こうしたケースはさておき、一目見て何のお店だか分からない外装を、消費者は敬遠するもの。やはり顔がはっきり見えない店舗はマイナスイメージをもたらす。

要素2 内装は「心」 さりげなく醸す雰囲気

 店舗に好感を持って入店した消費者は、次に店全体の雰囲気を感じることになるが、そこでポイントになるのが「内装」だ。視界に入る店内のモノすべてが内装であり、「什器」「照明」といった備品から、「POP」などの宣伝文句まで含まれる。店舗が顔なら、内装は〝ココロ〟。美人だけど性格が最悪だったら「こりゃあ、関わりたくない」と、オトコは逃げるに違いない。

 実は、内装も侮れない。完璧なチェーンオペレーションを実践し、看板で集客できる有力コンビニですら、「なぜこんなに内装が汚いの?」と疑う店舗は多々ある。もしこれが幼い子供で、初めて訪れたコンビニだったなら「○○は汚いコンビニチェーン」と記憶し、将来、足を運ばなくなる恐れもある。ココロはいつも清潔にというのは、どの業界にも通用する話だ。

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 ルポゼ・フルールは特に変わった内装でなく、ごく一般的な花屋といった風情。いかに売るか=「普通に花を売りたい」のだ。ただし、将来的には花だけでなくCDや書籍を売っても構わないらしい。そうなるとちょっと変わった花屋になるので、「いかに売るか」という戦略を改めて考え直すのが、マーケティング。

 ところで、消費者が知らないイオンの「ココロ」が、実は内装に隠されている。店内に置かれた机はすべて、安全のために角が丸く削られているのだ。高齢の消費者が店内で転び、机に頭などをぶつけることもあろう。小さい子供なら、走って顔面から突撃することも。こうした事態を想定し、イオングループの机はすべて角を丸く削る決まりらしく、これにはさすがに驚かされた。

「かなりのコスト増なのですがね...」と担当者は苦笑するが、いかに売るか=「安全に花を売りたい」も、重要なマーケティング。机だっておろそかにしてはいけないのだ。

要素3 商品は「個性」 魅せ方を工夫する

 店舗→内装ときて、ようやく消費者が目にするのが商品。商品(サービス)こそが、小売業ビジネスの本質である。花屋なら花の価値で勝負、アパレルならデザインで勝負といったところだ。消費者からすると、顔で選んでココロもキレイなら、後に必要なのは人間で言うところの〝個性〟。

 もちろん、安売りといった金額面での訴求も大きなポイントだが、その手法には限界がある。またモノがあふれる今、そもそも商品力のみで勝負するのも難しい。そこで「いかに売るか」で大切なのが〝商品の魅せ方〟だ。「ワタシは素敵な人間ですよ!」と、個性をアピールしなければならない。

 商品レイアウトを工夫するのはひとつの手だ。「この売り場には何かある」といった驚きを消費者に与えることが肝心なのだ。ファッション業界には52週MDといった発想があるが、花屋も似たようなシカケを考えるべきだろう。

 例えば、雑然と花を並べる花屋が多いなか、赤いバラ、赤いチューリップなど赤い花ばかりを壁一面に並べて〝真っ赤な空間〟を演出する「色別VMD」なんて手法は、有効かもしれない。毎月、赤い空間やら青い空間を作っていけば、「来月のルポゼ・フルールは何色かしら?」と、消費者は関心を持つかもしれない。

 スーパーや書店などでは商品カテゴリーを越えて陳列するクロスMDが近年増えているが、こうした手法も一般化・常態化すれば、やがて新鮮味は薄れるもの。消費者の先を読んで個性をアピールしていかねばならないだろう。

要素4 店員は「演者」 誘客という発想で

 意外に思うかもしれないが、店員もマーケティングのひとつである。というのも、「いかに売るか」の最後の砦が店員。その対応ひとつで、消費者についで買いを誘発することもできるし、反対に、せっかくレジまで運んだ商品を「やっぱり辞めるわ」と、棚に戻すこともある。

 店員は言わば〝演者〟。美人で性格がよくて個性も備わっている。そんな人がさらに会話上手なら、リピーターを確保して売上げも伸ばせるというワケだ。

 どの企業も店員教育はしっかりやっているはず。ただし、丁寧で間違いがなければいいというものでもない。店員には「守りの会話」「攻めの会話」という2点が要求される。

 守りとは、そつのない会話。言い換えれば、普通の接客だ。対する攻めとは、消費者との距離を縮め、悩みを解決したり素敵な提案ができたり、要は、コンサルティングまでできてしまうこと。その好例が「伊勢丹新宿本店」だろう。

 過去に取材をしたり、雑誌のコラムに書いたりしたが、とにかく演者が粒ぞろいの店舗である。お客を上手に攻めては見事についで買いを誘うのだ。単店ベースで売上げ世界一という事実にも頷ける。ボクはこれを「誘客」と呼ぶが、見当違いの誘客も散見される。

 以前、コンビニでのこと。ボクはタバコ1箱をレジに出したら、店員は「ご一緒にポテトはいかがですか?」と言った。ポテト強化キャンペーン中らしいのだが、タバコに合うはずがない。口の中がモサモサする。呆れたボクは「要らない」とぶっきら棒に答えた。

 次はパンストを手にしたOLだったが、店員は懲りずに「ポテトはいかがですか?」と尋ね、女性は露骨に嫌な顔をしていた。店員のちょっとした一言が、企業イメージを決定づける可能性もある。バイト店員だから未熟といった言い訳は通用しないのが、今の消費者。

「いかに売るか」は、最後の最後までしっかり目配せしておかなければならない好例だろう。マニュアルに頼らなければならない現実があるにせよ、教育もまたマーケティングのひとつ、と捉えなければならないのだ。ちなみにそんな意図から、ルポゼ・フルールには「スター店長育成計画」なるものがある。そのうち、そんな話も。

要素5 HPは「自己紹介」 文章で魅せる

 今やHPを持っていない企業を探す方が難しいくらい、すっかり浸透したWebというツール。「いかに売るか」を24時間・年中無休で消費者にアピールできる〝無料メディア〟とあって、注力する企業は多い。

 買い物をする前にHPをチェックする消費者もいるし、反対に、商品を買った後に興味を持ってHPを覗くなど、使い方はさまざまだ。今回は便宜上、消費者の行動パターンの5番目に位置づけてはいるものの、現実的には、消費者が1番最初に接するのがHPだろう。この意味で、HPは企業の〝自己紹介〟のような存在だ。

 人目を引くネタがあり、かつ話し上手である自己紹介ほど、消費者はより大きな関心を持つだろう。花屋であれば、競合する花屋とは異なる特別な花を載せたり、魅力的な店舗や独特のサービスを紹介したり。

 ところで、企業HPの特性とは何か? それは基本的に一方通行であり、文章が重要な役割を占めること。実生活における自己紹介なら、相手の質問に答えることでより正確に自分を表現できる。会話が上手い人なら、それも有力なアピール手段となる。がしかし、HPは基本的にそれができないのだ。必然的に、文章のウェイトが高まる。

 ルポゼ・フルールはちょうどHPをリニューアルしたばかり。ボクが最初に関わったのもそこだった。いかに売るか=「花屋らしくない個性を持たせたい」とのことで、オウンドメディアを新設することにした。そのタイトルは「イオン×花 produced by 荒木亨二」

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 正直なところ、天下のイオンのサイトに、ボクの名前を冠してしまっていいのだろうかという気持ちがあった。そもそも、ボクの立場はブランドプロデュース、本来は黒子なのである。

 それはさておき、HPのリニューアルに際してボクがとにかく強調したのが、「文章表現をもう一度見直しましょう」ということだった。コトバを慎重に選び、的確なメッセージにまとめ、効果的に消費者に伝えましょうと...。なぜなら、文章表現のいい加減な企業HPが世に溢れているからだ。

 例えば「贅沢なひとときを」とアピールする飲食チェーン店。高級そうな雰囲気の店内、豪華な肉料理の写真を載せており、企業が言わんとする〝何となくのイメージ〟は伝わる。しかし、そのイメージは〝企業の独りよがり〟に過ぎない。

 贅沢なひとときと言っても、消費者によって抱くイメージは異なるもの。都心のスタイリッシュな店でなく、田舎にある古民家の方が贅沢だ、という人もいる。肉より野菜こそ贅沢に感じる人もいる。つまり、何となくのイメージを、何となく言葉に変えただけ。

 安全・安心。信頼と実績。癒しとゆとり。喜びと希望を届ける...。曖昧なコトバに頼った、何となくイメージのHPは、業界を問わず枚挙に暇がない。その理由は「いかに売るか」を何となくしか考えていないから。

 ルポゼ・フルールのHPはまだ見直し中で、これからも進化を遂げるはず。「いかに売るか」をしっかり考え、それをコトバに置き換え〝見た人誰もがすぐに、同じイメージを想像できる〟ことが、自己紹介の基本である。

マーケティングは地味である

 簡単に言えば、消費者の行動パターンに従って「いかに売るか」を考える。小売業であれば「店舗」→「内装」→「商品」→「店員」→「HP」と5つの要素を順に見ていくのが、マーケティングの基本である。

 細かく見るなら、各要素には無数の〝考えるべき課題〟がある。仮に1要素にそれぞれ30の課題があるとすれば、30×5=150の課題があり、それらすべてを潰していくのが理想的なマーケティングだ。〝地味なマーケティング〟こそ本来の姿である。

「あれ? 広告やプロモーションはどこいったの?」

 と疑問に思うマーケティング担当者も多いだろうが、ボクはそれらを〝派手なマーケティング〟と呼んでおり、むしろ後回しにすべきものと捉えている。何事も、基礎あってこその応用。地味なマーケティングがしっかりできて初めて、派手さが活きるというもの。

「プロモーションはスゴイ楽しいのに、実際の店舗へ行ったら全然ダメじゃん。接客もイマイチだし...」

 当然こんな戦略では売れるモノも売れなくなり、消費者の期待を裏切ることになるだろう。

 ちなみに、応用編である派手なマーケティングには2つの要素があるので、実際は5+2=7。すなわち「理想的なマーケティングは7要素」となる。

 また本来、マーケティング担当者はここまで幅広い領域に関わるべきであり、当然ながら、彼らに求められる能力や資質は多岐に渡る。簡単に言うと、それは「2要素」ある。

 長くなったので、そんな話はまた今度...。

(荒木NEWS CONSULTING 荒木亨二)

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